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へべれけな人たち 3

<山ちゃん>

 私鉄の小さな駅の裏を少し進むと、線路沿いに、
 ピンク色のネオン管で「へべれけ」とだけ書いてある下に、
 古びた扉がある。

 その扉が、がたりと開いて男が来た。
 入り口を塞ぐほどの大男だ。
 「おお、山ちゃんいらっしゃい」
 ひげ面のマスターが、思いのほか愛想の良い声で迎える。

 大男の山ちゃんは、慣れた様子で長椅子に腰を下ろした。
「ビールをお願い」
「よう、山ちゃん」
 カウンターの入り口近い方に居た人の良さそうな男が、軽く挨拶した。
 「ああ、シロクマちゃん元気?」
 「まあ、そこそこ」
 と意味の無さそうな会話をしているところで、
 ひげのマスターがビールとグラスとつきだしを 山ちゃんの前に置いた。
 山ちゃんは、おしぼりで丁寧に手を拭うと、唇を突き出すようにビールを飲む。

 「マスター、おすすめは?」
 「ホッケとかどうよ」
 「ホッケというと魚だよね。生きのいいのが入ったの?」
 「ん〜、生きは良くない」
 山ちゃんは、体に似合わない小さな声で「えっ」と顔を上げた。
 「だんだんよく鳴る法華の太鼓」
 奥のカウンターに居たおばさんが、唐突に口を出した。
 山ちゃんは瞬きをする。
 「そう言うのよ。ホッケは新しい物より、干せば干すほど美味くなる。
 法華とホッケをかけてるわけよ、山ちゃん」
 「へえ、じゃあ、その美味しいホッケをお願い」

 長椅子の端っこで店のギターをおもちゃにしていた若い男が、
 山ちゃんに軽く会釈し、キープボトルが並んだ棚を見て、
 「山本さんすか。俺、ショウです」
 ちょっと得意げに言った。
 「山ちゃん」はあちこちに居る。
 ショウの知り合いにも三人居た。
 四人目に知り合っちゃったなあ、とか思っていた。

 「ん? ああ、山本って書いてあるボトルは勘助さんのよ。
 山ちゃんもボトルキープする?」
 マスターがホッケを焼きながら商売っけを出した。
 「ビールは ボトルキープできるのかなあ」
 ぼうっとした声で、山ちゃんが言った。
 「あらら、やめた方がいいよね。そういえば、いっつもビールだな」
 シロクマが楽しそうに目を細めた。

 「んー、山崎さんていう感じじゃないんだよなあ。
 山口さんでもないな。
 山田さん、でしょう」
 ショウが勝手なことを言い出した。
 「山です」
 律儀に応じる山ちゃんであった。
 「山出さんかあ」とショウ。
 「いえ、山です」
 「家山さんでしたか」
 「……そうじゃなくて、山なんですが」
 「山名さん?」
 「ん〜困ったな。山です」
 「名山さん」
 「山って言ってるじゃないですか」
 「山手さん」
 「いいですか、や〜、ま〜」
 日頃は小声で話す山ちゃんだったが、だんだんと声が大きくなる。
 だんだんよく鳴る法華の太鼓だ。
 「加山さん」
 山ちゃんは、すっかり困った顔ながら、あきらめずに言い返す。
 「ただの山なんですってば!」
 もはや怒鳴り声に近い。
 ショウは、何故怒鳴られているのか分からない。
 「只野山さんですね。すいません」
 「山、だけです!!」
 山ちゃんがキレタ。

 ショウは、さすがに、これ以上怒らせてはいけないと感じる。
 持っていたギターをジャ〜ンと適当に鳴らして、
 「分かりました」
 元気に言ってみた。


 山ちゃんも興奮を鎮めて、ギターに手を伸ばした。
「貸して、チューニングが狂ってる」
 山ちゃんは、手慣れた様子でチューニングを終えると、
 ギーターを弾きだした。
 雑多で狭い店内に「アルファンブラの思い出」が穏やかに流れた。

 「山ダケさんは、ギターが上手いっすね」
 ショウが小声で言ったが、誰も突っ込むことはなく、沈黙を貫いた。
 アルファンブラに ため息が流れた。
 焼きたてのホッケが、テーブルの上で静かにたたずんでいた。


すねの傷3★

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3259: by なになにこ on 2015/10/24 at 14:44:45

お恥ずかしい^^;
だんだんよく鳴る法華の太鼓 って
初めて漢字で読みました。
長い間 ”よく成る”と思ってました。
意味合いは変わらないのかな?

3261:Re: なになにこ様 by しのぶもじずり on 2015/10/24 at 17:11:46 (コメント編集)

法華の信者は太鼓を叩くそうな。
ダンダンと叩く太鼓の音がよく鳴って、うるさいよ。
という揶揄の言葉を、うまいこと引っ掛けたんじゃないでしょうか。
とにかく、ホッケは美味しいです。

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