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ずぼらなユン、やぶれかぶれ 3−4


「ふん、ちょこざいな女ね。
 王子様に手出しはさせないわよ」
 先生は 火梛にやさしく微笑んだ。
 同一人物とは思えない 変わり身の早さだ。

「真秀良では、腕力を使わなくても 人を守れるのだな」
 思慮深そうな目は、本当に王子様みたいだ。

「ところで、そなたの名は 虚維弓月というのだな。
 何故ユンと呼ばれているのだ」
 火梛に聞かれて、固まってしまった。
 今頃になって その質問なのかと思ったが、
 そういえば、家では『お姉ちゃん』としか呼ばれない。
 たまに 母さんが『あんた』という言い方をするだけだ。
 フルネームで火梛に本名を言ったのは 初めてかもしれない。
 私自身は、ユンと呼ばれることに抵抗はないけど、
 理由は聞いて欲しくない。

「ユン、まだ気にしてるのか。
 人間、欠点の一つや二つは有るものだ。
 むしろ有ったほうが 可愛げがあって良い」
 星来は私に優しい。
 そんな風に言ってくれるが、私の場合、一つや二つでは済まない。
 有りすぎて数え切れないはずだ。
 それなのに、その欠点だけはいつも心に突き刺さる。
 字がド下手なことだけは。


 初等学校制の頃、
 仲良くなった星来の家に、勉強と称して 初めて遊びに行った時のことだ。
 気持ちのいい天気の日で、
 我が家には無いテラスがすっかり気に入った私は、
 テラスで宿題をしようと せがんだのだった。

「お勉強が進んでいるようには見えないけど、
 二人とも、たくさんおしゃべりしたから 喉が渇いたでしょう。
 一休みして、おやつを召し上がれ」
 星来のお母さんが、
 手作りだという 独創的で摩訶不思議なお菓子と ジュースを持ってきてくれた。
 お父さんも現われた。

「いいさ。 勉強は学校でするものだ。
 子どもは いっぱい遊ぶのが仕事だ」
 私は 二人とも大好きになった。
 お父さんは 私のノートを手に取り、少し首をかしげて言った。
「……ユンデちゃんて読むのかな」
 びっくりして 自分のノートの表紙を覗き込んだ。
 『虚維』は、ぐちゃぐちゃで読めなかったのだろう。
 『乙』に近くなっていたが、かろうじて『弓』は読めたようだ。
 だが、『月』の縦棒が片方は短く途切れ、
 二本の横棒が残った縦棒を突き抜けて『手』にしか見えない。
 う〜ん、『弓手』に見えちゃたのかあ。

「ユヅキちゃんだよ」
「いやあ、ごめん、ごめん。
 大丈夫、字なんか 大きくなったら上手になるさ。
 それより、いっぱい食べて、いっぱい遊んで元気な子が一番だ」
 あれから星来は 冗談でユンデちゃんと呼ぶようになり、
 いつの間にか ユンになった。
 ユンと呼ばれると、
 星来のお父さんが言った
 『いっぱい食べて、いっぱい遊ぶ元気な子』という言葉がよみがえるようで、
 妙に張り切ってしまうところがある。

 大きくなっても 字が上手くなることはなかったが、
 嫌な思い出ではない。
 星来との楽しい思い出のはずだった。
 どうして これほどまでに劣等感を刺激されるのか、
 自分でも分からない。
 分からないが、手書きは出来る限り避けている。
 ユンの由来も、他の人間には知られたくないのだ。
 火梛も それ以上聞いてこなかった。


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