赤瑪瑙奇譚 第八章――1
モクドのまじない師 イマナジは、 一旦 迎賓館に移ったが、
すぐに国に帰るといって、 ユキアの部屋に 別れを告げに来た。
「居候先があんなことでは、 もう ゆっくりもしていられぬでな」
「わざわざのご挨拶、 いたみいります。
ところで、 『妖精王の瞳』は モクドにあったものだったとか」
ユキアの問に、 イマナジは 飄々(ひょうひょう)として答えた。
「戦というものは、 いろいろなものを失くします。
ご神木から彫りだした 御柱(みはしら)さえ 傷つけられて 倒れました。
『妖精王の瞳』も、 戦で失くした多くの物の一つ に過ぎませぬ。
戦いの費用として 売り払われたのかもしれませんな。
一番の失くしものは、 もちろん 人の命ですが」
内容のわりに、 あっさりとした物言いだった。
「巫女殿、 これを受け取ってください。 モクドに在ったほうが良いように思えます」
ユキアの差し出した首飾りを、 イマナジは 躊躇(ちゅうちょ)無く受け取った。
「確かに。 人の心には、 夜叉も 鬼も 住んでいるもの。
それを押さえ込んだり、 闘ったり、 飼い馴らしたりして 平穏な暮らしを営んでいる。
不用意に あからさまにして良いものではありませぬ。
翠玉の精霊が 目覚めた とあっては、 我らの元にあるのがよろしかろう」
ごく普通の老婆にしか見えぬ イマナジだったが、 痩せても枯れても モクドの巫女長である。
何かを知っているとしたら、 この人物以外に ないだろう。
ユキアは 尋ねてみた。
「メギド公の心にも 鬼が 住み着いたのでしょうか。 そんなに悪い方にも見えませんでしたが」
「小鬼じゃな。 つけこまれて、 そそのかされたのじゃろう。
本来は、 ただの がさつな親父じゃ」
身も蓋もない返事が返った。
だが、 もうひとつ 聞いておきたいことがあった。
「一つ解らないことがあります。 メギド公は 何故 これを盗んだのでしょうか」
「この まじない師のせいじゃ」
言って イマナジは、 しばらく 考え込むように黙した。
「ユキア姫、 もしかして 赤い石は お持ちか」
ユキアは 目を見開くと、 帯に挟んであった 赤瑪瑙を取り出した。
「おお、 そなたを守っているのは、 その石じゃ。 赤と緑を 間違えた」
「ええっ、 赤と緑を どうやったら間違えるのですかあ」
多少非難がましい メドリの指摘を受けて、
イマナジは、 手近にあった 白い布を 勝手に取り上げ、 卓に掛けた。
その上に 赤瑪瑙を載せる。
「じっと見て 御覧なされ」
ユキアとメドリは、 言われたとおりに 卓の上の赤瑪瑙を じっと見つめた。
イマナジが、 急に 赤瑪瑙を取り去ると、 白い布に くっきりと 緑の影が見えた。
「赤と緑は 間違えやすいのじゃ。 時折、 区別ができぬ者もおる」
「そういえば、 赤と緑が識別できない人がいる と本で読みました」
手に取った赤瑪瑙を、 包むようにしていたイマナジが、 しばらくして それをユキアに返して言った。
「なにやら 気難しい石に思えるが、 姫を 気に入っているようじゃ。 なついておる」
「なつかれているんだ」
「『妖精王の瞳』 を目覚めさせたのは、 この石じゃな。
姫のために、 赤瑪瑙は 精霊を 目覚めさせた。
覚えておくといい。 これからも、 宝玉が 姫に力を貸してくれるだろう。
さらばじゃ」
言って、 無造作に 首飾りをかけた イマナジは、
たちまち小柄な老女から、
いたずらっ子のような 瞳をきらめかせた 妖しい美女に変わって、 部屋を出て行った。
老女に似合いの、 くすんだ色合いをした 地味な衣装さえ、 粋で お洒落に見えた。
「うわあ! ものすごいものを 見てしまいました」
メドリが、 目をまん丸に見開いて 驚いた。
「そ、 そうね」
ユキアにも、 異存はなかった。
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