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ずぼらなユン、やぶれかぶれ 2−6


 悲鳴を合図に、鉄柵からほとんど身を乗り出しかけた男の腰に手を伸ばし、
 ベルトをつかんで 問答無用に投げ飛ばした。
 人工芝の山に うまい具合に飛んで行く。

 大成功だ。 …… 多分。
 男は目を回して倒れているが、 死んではいないと思う。
 店員が駆け寄って行ったのを見て、
 係わり合いを避け、 店の奥に急いだ。

 途中で、 背が高くならない矮生コスモスの鉢を見つけて つかんだ。
 三十センチくらいにしか伸びないように 改良されているし、
 可愛いし、 安い。
 精算所にいた店員は、 叫び声を気にしていたが、
 私が何事もないように コスモスとお金を出したので、
 たいしたことではないと判断したようだ。
 愛想良く 肥料の試供品をおまけしてくれた。
 世渡り上手に近づいたご褒美みたいで、 ちょっと嬉しい。

 あとは帰って 課題の続きを仕上げるだけだ。
 自動階段(エスカレーター)を乗り継いで 階下に下りた。

 二階から一階に降りるところで、
 後から 勢いよくぶつかってきた人がいた。
 あっと思ったときには、 飛ばされて 空中に投げ出されていた。
 眼下に 私を乗せないまま 踏み板が流れていく。
 体を捻りながら回転させ、 途中の踏み板に着地。
 後から落ちてきたコスモスを 無事に捕獲する。
 十点満点。
 見物していたお客さんと 店員さんたちが拍手してくれたので、
 手を振って声援に応えたが、 ちょっと危なかった。
 動いているものに着地するのは、 かなり難しい。

 自動階段を降りきった所で、 後から声をかけられた。
「君」
 「い行」の発音で 豊かな声量を響かせるのは難しい。
 しかも『き』は 喉の、
 『み』は 唇の障害を乗り越えて発せられる音だ。
 それなのに、 なんていい響きの声なんだろう。

 振り向くと 青年が立っていた。
 中肉中背で ほんの少し猫背である。
「これ、 君のでしょう」
 台所用洗剤を差し出した。
 上から落ちて、 ぶつかったのだろう。
 痛そうに 片手で頭を撫でた。
 「う行」も、「え行」も、 「お行」もステキだ。
 買い物袋を探ると、 確かに買ったはずだが入っていない。
 母さんに怒られるところだった。

 「あ行」が聞きたい。
「ありがとうございます。
 ぶつかっちゃったみたいで、 ごめんなさい。
 痛くなかったですか」
 せいぜい可愛く見えるように、 ぺこりとお辞儀した。
「痛かったけど、 大丈夫です。はい」
 苦笑いの 「あ行」がたまらなく良い。
「私、 虚維弓月といいます」
 青年は戸惑っている。
 焦って 変な奴だと思われただろうか。
 たまたま落し物、
 それも 台所用洗剤を拾ってやった相手から 名乗られるのは、
 人生で何度もあることではない。
 別に 名前を聞きたい訳ではなかった。
 もっと声を聞こうと、 無い知恵を絞った結果だ。
「はあ、 …… 平題箭(いたつき)糺(ただす)です」
 これ以上会話を続けるのは 無理だった。

 近所なんだから、 また会えるかもしれない。
 顔を よく覚えておこう。
 ……………… 難しい。
 特徴の無い、 どーでもいい顔だった。



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コメント
2696: by LandM on 2014/12/20 at 08:26:08

・・・・不思議です。
しのぶもじずりさんの小説は描写が独特だからそういうのが惹かれますね。今回の描写は特にそう思いました。
〉「あ行」が聞きたい。
・・・とか。

2697:Re: LandM様 by しのぶもじずり on 2014/12/20 at 10:20:51 (コメント編集)

ユンは、かなり重度の声フェチなのです。
そこんとこよろしく、という場面です。
感じていただけたなら、うれしいです。

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