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私の文章修業 3

<まずは、ちゃんとした日本語>

 中国語で書かれたブログさんに 訪問された事があります。
 <雑文>に 引っかかったのかもしれません。(<雑記>が通じるはずです)
 <物語>は 日本語ですから、 たぶん中国では通じないと思います。
 漢字だけど 日本の言葉です。

 以前、 日本語が怪しい中国人相手に、
 分かり難いところを 筆談で何とかしようとしたことがあります。
 注意が必要なのは、 漢字で書く日本語です。
 <値段>は 通じません。 <価格>は 通じます。
 訓読みしかしない言葉は、 たぶん純粋な日本語です。
 峠や躾、 込、 枠、 なんかの いわゆる国字は日本製です。 通じないでしょう。
 驚いたことに、 畑、 働 も日本製です。

 金文学・金明学 の著作だったと記憶しています。
 この兄弟は 中国生まれの朝鮮族で、 日本在住という人らしい。
 著作の中に、 中国から観光に来た年配の夫婦が、
 筆談で日本人とコミュニケーションができる と面白がった話が書いてありました。
 中国の小学生が知っているような 簡単な字では通じないけれど、
 「繁華街何処」 と おそろしく古い言い方で書くと、
 たいてい通じるのが、 気に入ったみたいでした。
 「繁華街何処」は 古文になるらしいです。

 話が思いっきりそれました。 戻します。
 中国語のブログです。
 私は 中国語が読めないので、 マウスを右クリック。
 Bing翻訳 してみました。

 すると、 奇妙奇天烈な文章(?)になりました。
 単語は 確かに日本語なのに、 あまりにシュールで意味不明です。
 謎解きしようにも、 とっかかりさえ見当たりません。
 全くイメージが湧きませんでした。
 あまりの無茶くちゃさ加減に 大笑いしました。
 書いたご本人も、 まさかあんなことになっているとは 思ってもいないでしょう。
 とんでも翻訳文をコピペして お見せしたいと思いましたが、
 事情を説明して、 管理人さんにお願いできません。
 私の文章が どんなふうに翻訳されるかと思うと、 怖ろしすぎます。
 日本語の文法になっていないのです。
 Bing翻訳は 中国語に対しては役に立たない、 ということが分かりました。

 英語 ⇔ 日本語 も怪しいです。
 「私は 英語が話せません」 → I don’t speak English になります。
 間違ってます。
 これでは、 「私は 英語を話しません」 です。
 Bingは、 動詞の未然形を 翻訳する気が無いようです。

 文法と言えば、 学校で習った日本語の文法は、 さっぱり解りませんでした。
 カ行変格活用と サ行変格活用くらいしか 覚えていません。
 助詞の分類も、 よく分かりませんでした。
 日常的に 日本語を、 そこそこ使いこなしているつもりの私が 理解できない文法って、
 どんだけややこしいんでしょう。

 今思うに、
 あれは 英語の文法を基にして説明するから ワケワカメなのではないでしょうか。
 主語・述語・目的語、 そういう説明は、 無理やりな感じがします。
 日常では めったにお目にかかりません。
 古文に至っては、 主語がある方が珍しい。

 言葉の存在意義は、 コミュニケーションツールです。
 相手に通じるかどうかが命です。
 「僕は カレーだ」 が通じるなら、
 間違っているのは 言葉ではなく、
 学校で習った文法 のほうに問題があるような気がします。

 互いに通じることができるなら、 文法は あるに決まっています。
 でも、 英語と日本語の文法では、 様子が違うはずだと思います。
 日本語は 主語を省略することがある特殊な言葉、
 そんな風なことを教えられた気がします。
 確かに 英語では、 短い文にも いちいち主語があります。
 詩にだって あります。
 しかし、 主語が無いのは 本当に特殊なのでしょうか。

 中国語は 分かりませんが、 中国の詩なら 漢文の時間に習いました。
 有名な 李白の五言絶句 「静夜思」 を上げてみます。
 実は、 これしか覚えていません。

  床前看月光  (しょうぜん 月光をみる )
  疑是地上霜  (疑うらくは これ地上の霜かと )
  挙頭望山月  (こうべをあげて 山月を望み)
  低頭思故郷  (こうべをたれて 故郷を思う)

 主語が見当たりません。 …… よね。

 近年、 日本語の文法を 改めてまとめる動きが進んでいるようです。
 上手くいけば、 Bing翻訳が 使い物になる日が来るでしょう。



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コメント
2301: by うさぎ屋 on 2014/07/16 at 15:35:58

こんにちは。はじめまして、でもないような気がしてますが、よろしくお願いします。

「日本語には主語がなくてあるのは敬語だ」といったタイトルの、言語学者が書いた本を読んだことがあります。昔の人は文法を考えながら書いていたわけではないようですね。江戸時代にも「私は」といった場合は、「さて、これから・・・」といったような用法だったようです。

相手と対面した視線で書いているので、「私は」、英語でいうところの「I」は不要だったといいます。日本語は外国語と視点が違うといった趣旨だったように思います。

社内文書や役所に提出する文書は文法上も正しくなければならないでしょうが、文学となれば、私は原則自由だと思います。勿論、いずれも意味の通じない文章は書いてはならないのですけれど。

2302:Re: うさぎ屋様 by しのぶもじずり on 2014/07/16 at 17:38:08 (コメント編集)

いらっしゃいませ。私も、はじめましての感じがしません。

はじめに文法があるのではなく、言葉を使っているうえで出来てきたルールが文法になるのだと思います。
だから、言語によって、それぞれに独自のルールになっていると思われます。
日本語の文法として学校で教わるのは、英語などの西洋言語の分法をお手本にして、無理にまとめたとしか思えない違和感があります。
だから、おかしなことになっているのではないでしょうか。

日本の文学から、日本語の文法を引っ張り出す必要があるのではないかと思います。

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