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馬十の辻に風が吹く 第九章―2


 慰めにもならない言葉しか返せない真咲を咎めるでもなく、
 葦若は、 ゆっくりと顔を上げた。
「来て良かった」
 晴れ晴れとした笑顔が浮かんだ。
 真咲が それとなく感じていた、 どこか取り繕ったような笑顔とは別物だ。
「命の恩人に会えた。 やはり あなただったのですね」
「ホヘ、 いったい何の事でしょう」
 真咲は、 とっさに とぼけることができた自分を褒めた。
 この期に及んで 何を言い出すのだ、 と葦若を責めたい。

 そんな気持ちを知ってか知らずか、 葦若は視線を外さない。
「消え去ろうとしていたこの命を しっかりと繋ぎとめ、 引き戻してくれた。
 私は その人の強さと温かさに すっかり魅入られ、 ずっと忘れられずにいました」
 強い眼差しで見つめられると、 四年前の凛々しい少年の面影が、 くっきりと甦った。
 ああ、 間違いなくこの人だ。
 真咲は、 ようやく納得した。
 しかし、 分かったからといって、 今更何が変わるわけでもない。

 あの日、 石動原邸の離れ家で、 大変な事が起こっていた事に気付きもせず、
 祝い事は 滞りなく行われたと聞いている。
 ならば、 余計な事を言って、 心を乱さないで欲しい。
 これ以上続けるなら、 殴り倒し、 口を塞いでやろうかと思った。
 今回のことは、 全て片付いたはずだ。
 後は 真咲の淡い想いを、 泡沫(うたかた)に託して流せば 終わりだと思っている。
 この場所で起こった『事件』は、 この場所で終焉を迎えさせてやりたい。
 そう願って ここに来たのに、 どうして終わらせてくれないのだ。
 腹立たしさと悔しさで、 真咲の目に涙がにじんだ。

 驚いた様子の葦若に気付き、 真咲はかろうじて息を整えた。
「宰相様が お手を汚さずに済んで、 良かったのではありませんか。
 亡き右大臣様は、 御家族をたいそう大切になさった方と伺っております。
 宰相様がお手を汚されることを 望まれなかったのでは。
 天罰が下った とお考えになられれば、 よろしゅうございましょう」
 力ずくで話を戻した。

 全ての証拠は 明らかだった。
 死んだ男の仕業であることは間違いない。
 改めて悪行をさらしても、 辛いばかりで 慰めにはならないだろう。

 真咲は若い。 人としての経験は少ない。
 しかし、 家の事情で、 情報だけは ふんだんに入ってくる。
 そんな中でも、 恨みを晴らして幸せそうに見える人間は、 知らない。
 自らの手で恨みを晴らしたとしても、 それは変わらないだろう。

「……天罰」
 離れ家に転がった死体の数々を思い浮かべて、
 葦若は、 少しの間黙り込んだ。
 心が晴れないのは、 自らの手で仇を討てなかった事には無く、
 失った家族が 永遠に戻らない事にあると気付いた。
 人間の業では、 如何ともしがたい悲しみだった。

「私に出来ることを、する。 それしかないのならば、
 ……まずは、 私の家族を作りたい」
 やはり、 そう来たか。
 真咲は、 早くその場を去ろうと考えながら、 ぎこちない笑みを浮かべた。
「お幸せに」
 くるりと踵を返す。



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