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馬十の辻に風が吹く 第八章―9


「なんだと?」
 太保以が小さく叫んだ。

「守護の呪を、 御存じないのですか」
 帝の即位の儀は、 丸三日かけて盛大に催される。
 その式次第の最後には、 確かに『守護の呪』がある。
 しかし、 およそ儀式を盛り上げる演出くらいにしか認識されていない。
 だれも 本気になどしていないのだ。

 ところがどっこい、 真神門最高の術者が掛けるのだ。
 ものすごく効いてしまうのである。
 だが、 効いてしまう故の問題もあって、
 最強の『守護の呪』は 時代(とき)の帝にしか掛けない事になっている。

 だからと言って、 帝になればやりたい放題かというと、 それは違う。
 呪が守護するのは あくまで生身としての帝だけだ。
 悪意を避けたり、 不慮の事故を遠ざけたりはするが、
 地位とか 名誉とか 財産とか、
 生きとし生ける者にとって直接関係ない事には 効果が無い。
 大きな失政を犯したり、 あるいは帝にあるまじき行為によって
 正当な糾弾を受けたりしても 呪は護らない。
 そこまで知っているのは、 帝本人と 真神門一族の主だった人間だけである。

 はたして、 太保以も、 訝(いぶか)しげな顔を隠そうともしなかった。
 ふと、 胸に手を当ててみる。
 先ほどまで、 きりきりとさいなんでいた痛みが、 跡形も無い。

「事が済んだと思って、 殺意が消えたからです。
 帝は 御無事です。
 万が一にも 身罷(みまか)られるような事態なら、 あなたが先に死にます」
 最強の守護の呪をめったに掛けないのは、 それが理由だ。
 殺意が三倍返しになって跳ね返る。
 胸の痛みで済んでいたのは、 太保以に躊躇があった証拠でもある。
 迷いの無い殺意で事に当たっていたなら、
 実際に、計画に手を付けた段階で 死んでいたかもしれない。

「あなたは、 何者だ」
「東宮坊の下っ端官吏が 知る必要の無いことです」
「ククククク……、 桜子皇女が存命なら、 臨時とはいえ、 官位もあなたが上だ」
 太保以は 自嘲の笑いをこぼした。

 静かに息を吐き出し、 再び問う。
「私を始末するのか」
「私が決める事ではありません。
 皇子から受けた命令は、 陰謀を止めること。
 それを果たせば 役目が終わります。
 あとのことは、 帝がお決めになるでしょう。
 それから、 一つお知らせがあります」
 それきり 真咲は口をつぐんだ。
 小さな明かりだけが ちろちろと揺れ、 静かな時が、 闇を押し包んだ。

「悪い知らせか。 今更もったいぶらなくていい」
 軽さを装った太保以だったが、 すぐにそれを悔やんだ。

「大蔵様…… あなたの母君が、 亡くなられました」
 太保以の胸を、 それまでとは違う痛みが襲った。
 一粒落ちた涙には、 何が含まれていたのだろう。
 自身にも 良く分からないようだった。

          第九章につづく



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