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馬十の辻に風が吹く 第八章―1

「我が領地斗平野では、 長年にわたって 優れた馬を産出してまいりました」
 石動原多万記は、 東宮の御前に居た。

「馬?  いきなり馬なのか? 
 余も そこそこに忙しい。
 判じ物のような文の解読に、 かなり手間取った。
 ややこしい事には、 これ以上関わりたくない」
 多万記は、 こんな事では引き下がらない。
 前回は葦若の名前と地位を利用したが、 今回、 それは使えない。
 しつこく願い出て、 やっと叶った面会である。
 地元では名士でも、 中央では官位が無く、
 はかばかしい伝手も無い身では、 糸のように細いつながりにすがるしかないのだ。

 美穂積皇子には、 なんとか会えるようになりつつあったが、
 他に気になる事でもあるのか、 いっこうに馬に興味を示してもらえず、
 なかなか話が進まない。
「馬は 草を食(は)んで育ちます。
 本来、 繊細で臆病なところのある生き物なのでございます。
 それを、 種を選び、 工夫を凝らして育てることで、
 気性の強い斗平野馬を産出しております。
 熱密の馬は、 見たところ、 たいそうおとなしい。
 体は大きくても、 いざ戦(いくさ)となった時、 逃げまどうようでは良い軍馬とは言えますまい。
 不肖(ふしょう)の甥が 何を企んでいるものやら、
 国を危うくする愚かしい行為に励んでいるとしか思えません。
 今からでも、 どうか、 東宮殿下のお力で 取引を中止するよう、 お計らいください」

「葦若の宰相が、 国に仇(あだ)なす事を企んでいると? 
 それはまた大胆発言だ。 斗平野が無くなる」
 東宮は、 物騒な台詞(せりふ)を 陽気に言い放った。
 この人の持ち味である。

「い、い、い、いえ、 ただ、 考えが足りない若造だと……」
「重ね重ね 大胆発言だ。
 朝廷の参議を 考えの足りない若造発言とは。 良い根性をしている」
 面白そうに言う東宮の前で、 多万記は冷や汗をかいていた。

 それでも、 東宮は あくまで陽気だ。
「心配せずとも、 一度に全とっかえはしない。
 段取りを上手く組んで、 支障の無いように考えてある。
 ほかならぬ 葦若の宰相がね」
 東宮は、 おおらかに微笑んだ。

 その後、 一瞬笑顔を潜め、 真顔になった。
 東宮坊の役人でさえ、 めったの拝めない貴重な真顔である。
「ところで、 桜子と幸真千の安否について、 分かった事はないか。
 宰相に代わって そちが手配をしたというではないか。 そちも案じていよう。
 一刻も早く 無事を確認して、 安心できれば良いがのう」
 多万記は絶句して首を振り、 頭を下げることで、 答えの代わりにした。

 昔は、 素直な聞きわけの良い子どもだったはずだが、
 長い間見ないうちに、 ひどく扱いにくい若者になってしまっている。
 反対に、 美穂積皇子の方が はるかに扱いやすくなっているように思えた。
 幼い頃の印象は、 当てにならない。
 多万記は 奥歯を噛みしめた。


 肩を落として東宮殿を退出しようとすると、 ひそやかに呼び止めてきた人物が居た。
 知っている声だ。
 多万記は 振り返った。



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