馬十の辻に風が吹く 第六章―4
当事者である桜子と幸真千の知らないところで、 準備は とっとと整えられた。
「明朝出発しますよ」
「どこへ?」
「斗平野に在る 石動原多万記の屋敷です」
突然 母親から言い渡された二人の反応はというと、
「旅ができるのね。 すてき」
「うわあ、 やったぁ!」
大いに喜び勇んだ。
二人には、 目新しい体験を得る機会を逃すつもりは さらさら無い。
前もって 花澄から情報を受け取っていた真咲も、
二人の手放しの喜びようには 少し面食らった。
「秋の終わりまで滞在する事になります。
しばらく会えないわ。 元気でいてね」
紅椿も母親だ。
さすがに心配そうに言う。
「もちろんだ」
幸真千は 簡単に安請け合いをした。
「出発までに、 両陛下にもご挨拶なさい」
木五倍子は、 段取りが決まってしまえば 落ち着いたようだ。
「はい。 兄様たちにも ご挨拶してから行きます」
桜子は、 いつものようにおっとりと答えた。
焦ったのは 真咲である。
真神門の領地はもちろんだが、
蛍原京の周辺ならば 自分の足でくまなく踏破している。
土地の歴史や地形、 そこから浮かび上がる気脈にもなじんでいるが、
斗平野には行ったことすらない。
何もかもが未知の場所で 二人を守りきる事が出来るのかを考えると、
不安と心細さが渦を巻いて襲ってくる。
姉の花澄も居ない。
何が起こっても、 全くの一人で すべてに対処しなくてはならないのだ。
おまけに 何を企んでいるのか分からない葦若の領地だ。
もうひとつ問題があった。
石動原家の本拠地まで、 東宮殿の噂が届いているのだろうか。
そろそろ いい加減な嘘がばれても良い頃だと思うが、
ばれずに届いているなら、 何をどこまでごまかせばいいのだろう。
そっちも頭が痛い。
その上、 無性に腹が立つ。
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