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クロウ日記 五

「カケル。 そなたを もらいに来た」

 一人の護衛も伴わず 突然現われた美貌の王子の言葉に、
 自分の目と耳を疑うしか 為す術がない。
 子どもの頃からのあだ名 「真昼の月」 そのままに、
 ぼうっと 立ち尽くすばかりであった。

 向き合った二人は 正反対だった。
 あくまで美しく華麗なクロウに比べて、 カケルの容貌は どこまでも普通だ。
 何をするか分からない 変人のクロウに対して、 カケルは 極めて常識人だった。
 カケルが 宮廷に上がってから 昨年退官するまでの間に、
 儀礼的な挨拶を 何度か交わしただけの関係である。
 クロウの言葉は 理解を超えていた。

「恐れながら、 殿下は 私が退官した経緯を ご存じないと存じます。
私などが 殿下のお役に立つこと はございません」
 
 一見して 平凡そのもののカケルは、 しかし 有能な官吏でもあった。
 若手の中では 群を抜いて 有望視されていたのだ。
 しかも 有能なだけではなく、 その人物も評価されていた。
 何事も自身で考え、 大勢に付和雷同することなく いつも冷静であったが、
 頑固とか傲慢とは 無縁であり、
 誰の意見でも 良く聞いて、 事に当っては 柔軟に対処する。
 しかも 他人の手柄を横取りすることが 決してなかったため、 安心して付き合えた。
 有能さをひけらかすことのない 謙虚な男だが、
 媚びへつらう事も 圧力に屈することもない。
 大きな後ろ盾は無くとも、 末は大臣になるに違いない と誰もが思っていた。
 国を任せて これほど安心できる人物も 他にいるまいと……。

 しかし、 それを望まぬ者が 一部にいた。
 カケルは 嘘も不正も許さなかった。
 しかも それを見抜く 確かな力があった。
 ある者から見れば、 非常に煙たい人間 だったのだ。

 ありていに言えば、 はめられた。
 事件をでっち上げられ、 蹴落とされた。
 カケルは 有能ではあったが、 ある意味純朴で、
 策謀を以って 他人を落としいれようとする人間に 無知だった。
 若さゆえに そういう経験にも乏しかった。

 カケルを信頼している人たちが 救おうとしたが及ばず、
 罪一等を減じるに とどまった。
 結果、 投獄は免れたものの 謂れのない罪を着せられ、
 王宮を追われる羽目になったのだ。

 罪人の烙印を押されたままの自分が かかわっては 迷惑になる。
 断る以外に道はない。

「それは 私が決めることだ。 そなたは 仕返しをしたくはないか」
 壮絶な美貌が 目の前に来た。
 堪らず目を伏せたが、 言葉は しっかりと返した。

「確かに 口惜しい思いを致しましたが、 それも 私の未熟さが招いたこと。
防ぐことも 私のなすべき事でした。
やすやすと追い落とされたことこそが 失敗でございます」

「合格」
 クロウの手が差し延べられて カケルの顎にかかり、 顔を上向かせた。
 信じられないほど間近に 美貌が迫り、 カケルは めまいを 起こしそうになる。

「そなたが欲しい。 私のものになれ」

 カケルは 呻いた。
 意味が分からず、 言葉の返しようがない。
 役者が違う。 あらがう術を 知らなかった。

 さらに迫ってこられた拍子に、 耐えられなくなって わずかに首が縦に動く。

「決まりだな。 では迎えに来るまでに 髭(ひげ)を伸ばしておけ」
「ひ、 髭をですか」
「そうだ。 ボウボウにしろ。 人相が分からなくなる。
私でさえ 無精ひげを生やしたら、 気付く者がいなかった。
あっ、 頬かむりもしたがな」

 カケルは クロウの無精ひげを想像しようとして、失敗した。
 考えたくもなかった。
 いったい この人は 何をするのか 検討もつかない。
 もしかしたら 大変な面倒に 巻き込まれているのではないだろうか。

 不安がよぎるが、 もはや 後の祭りだ。

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コメント
217: by LandM on 2012/06/30 at 08:01:16

クロウを思い出して、織田信長の本能寺の変の大河ドラマを見ましたね。「織田信長も可笑しな奴だ。家臣が右といえば、左といい。白と言えば黒と言い張るつむじ曲がり。その信長も最後まで日本をあっと言わせる死に方をするか!!」。
クロウもそれと通づるものがありますよね。こういうなんていうんですかね、つむじ曲がりなところが。
読ませていただきありがとうございます。

218:Re: LandM様 by しのぶもじずり on 2012/06/30 at 11:07:33 (コメント編集)

天下の大物、織田信長にたとえられるとは、クロウもひそかに感激しているでしょう。
本当に信長が大好きなのですね。クロウも気に入っていただいたみたいで、うれしいです。
こちらこそ、コメントをして頂き、ありがとうございます。

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