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馬十の辻に風が吹く 第四章―1

 葦若の宰相の様子が 変だ。
 女官たちの間で、 様々な憶測を含んだ噂話が飛び交っていた。
 参議の地位にありながら、
 心配になるほどゆるーいところが 女官たちには人気にもなっていたのだが、
 時折 もの思いに沈んでいる様子がうかがえるという話で、
 女官たちは 寄ると触るともちきりになった。

「珍しく 悩みがおありのご様子。
 ふと垣間見える憂い顔も、 たまには良うございますわね」
「時折 ちらりと鋭い眼差しが混じるのは、
 ご政務のことで悩んでおられるのでしょうか」
「気のせい、気のせい。 鋭い眼差しと言うのは 言いすぎですわよ。
 それは無い、それは無い。 見間違い」
「たぶん、 あれですわ」
「あれって何ですの。
 お心当たりがあるなら、 もったいぶらずに教えて頂きたいわ」
「間もなく 熱密から使者の一行が来られるとか。
 ほら、 きっと命の恩人の姫君もいらっしゃるのだわ」
「ああ、 それで落ち着かなくていらっしゃるのね。
 でも、 それなら もっと嬉しそうになさるのではなくて」
「宰相にとっては 忘れることのできない命の恩人でも、
 姫君の方が覚えていらっしゃるかどうか ご心配になられているのではないかしら」
「まあ、 お可愛らしい心配ですわね。
 忘れられているとは到底思えません。 あれだけ美しい公達ですもの。
 今でこそ ゆるーい感じになっていらっしゃいますが ―― あれはあれで素敵ですけど、
 四年前は それこそ凛々しい美少年でいらしたから、
 なかなか忘れられるものではありませんでしょう。
 きっと覚えていらっしゃいますわ」

「いつかは どなたかのものになってしまわれるとは 解っておりましたけれど、
 寂しいですわね」
「………… 本当に……」
 いくつものため息が、 内裏のそこかしこで女官たちの口から洩れた。

 真咲は気が付いた。
 命の恩人は 自分の事ではなかった。
 美しい乙女というのも違う。
 考えてみれば、 あの時の真咲は 美しい乙女とは言いかねる姿だったのだ。
 びっくりして損した。
 勘違いした挙句、 どぎまぎしてしまった自分が腹立たしかった。
 当たり前だ。 あの状況では、 覚えている事の方が難しい。
 死にそうになっていたのだ。
 あの日 馬車に乗っていた少女が、 葦若にとっての命の恩人なのだと分かり、
 なんだか…… ちょっと気が抜けた。

 もしかして 機会があれば、 こっそり返そうと考えて、
 あの日拾った刀子(とうす)を 硯箱の隅に隠して持ってきたが 返せそうにない。
 そんな事をしたら、 ややこしい事になってしまうと気が付いた。
 かといって 後生大事に持っているというのも癪(しゃく)だ。
 さてどうしよう。 余計な悩みができた。



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