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馬十の辻に風が吹く 第二章-10


「命の恩人が忘れられない というお話を聞いたことがありますけど、
 本当なのですか。
 その方を 娶られるおつもりなのかしら」
 桜子の問に、 葦若が やさしい笑顔をかえす。
「おや、 そんなことまで ご存じでいらっしゃる。
 皇女様は情報通ですね。
 あの乙女に助けられなければ、 私は今、 こうして生きてはいません。
 出来るものなら 妻にしたい」

(えっ、 ちょっと待って。 それって私だわ)
 突然のことに 真咲は焦った。
 何を言ってくれちゃってるわけ。
 そんな恥ずかしい台詞(せりふ)を堂々と言うなんて 信じられない。
 ドキッとしたのは 驚いたせいだ。 それだけだ。
 断じて 初恋がぶり返したわけではない。
 間違いない。
 突然 好き勝手な事を言ってもらっては困る。
 最後尾を歩きながら、 真咲は 不本意に赤く染まった頬を隠した。

「四年も前だろ。 覚えているのか。
 余は 四歳の時に一度会ったきりの顔など、 すっかり忘れたぞ」
「美しい乙女は忘れません。
 柔らかそうな頬、 零れる涙の通り道に 小さな黒子があったのを、
 ちゃーんと覚えています。 初恋ですから」

(忘れていいわよ)
 何とかして話題をかえてもらいたい真咲の願いが通じたのか、
 桜子が バッサリと切り捨てた。
「乙女のほうは、 宰相のことなど忘れているかもしてませんわねえ。
 お部屋に着きました。
 幸真千、 収集品は何処なのかしら」
 先方が忘れている可能性に 今さら気づいたのか、
 葦若は しょんぼりとうなだれた。

 どんよりと座り込んでしまった葦若の前に、
 幸真千が 嬉々として平たい箱を並べていく。
「まずは これからだ。 じゃーん」
 ふたを開けば、 並んでいるのは 甲虫に鍬形虫、
 天牛(かみきりむし)、 舞い舞い齧かぶ)り……の死骸。
 次々と開いていく箱には 天道虫や蛍は有るが、 蝶や蜻蛉(とんぼ)などは無く、
 ほとんど 甲虫(こうちゅう)の類(たぐい)が納まっていた。
 それぞれに 名前を書いた紙が付いていたが、 何も書いていないものも結構混じっている。
 蝉の抜け殻や干からびた蜥蜴よりは ましな収集品と言えるだろう。

「じゃじゃーん」
 最後に得意そうに開いた箱の中には、
 玉虫、 黄金虫(こがねむし)と 光り物の虫たちが入っていた。
 宝石のように、 金緑色にキラキラしているのは 金筋(きんすじ)黄金虫だ。

「なっ、 美しいであろう」
 どっちにしろ、 虫の死骸に変わりはないが、 確かにきれいではある。
 幸真千は その中の一つを指差した。
 頭は 金属めいた光沢をした緑色。
 背中の翅は 黒紫に白い斑点が散っており、 中央部に帯状の赤が横切っている。
 黄金虫ほどの大きさをした虫だ。



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