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馬十の辻に風が吹く 第二章―4

 真咲の姉花澄は 女蔵人(にょくろうど)として内裏に居る。
 官位は低いが、 女官の筆頭に当たる 尚侍(ないしのかみ)の
 カッコよく言えば 秘書のような仕事、
 ありていに言えば 雑用係をしている。
 内裏の中の何処をうろついていようとも 目立たない上に 不審がられることはない。
 お役目で動いているのだと思われるだけである。
 ちなみに、 内裏では卯白(うしろ)の女蔵人と呼ばれている。

 まずは 手近なところから始めるとしよう。
 尚侍の部屋は どこだったっけ。
 用事で部屋を出るところを捕まえればいい と廊下を歩き出して間もなく、
 不意に 後ろから声が掛かった。
「次の角を左に」
 真咲は 素知らぬ顔で声に従い、 進んだ。

 しばらく進むうち、 横手にあった板戸が滑るように開いた。
 するりと中に入る。
 すかさず 後ろの人影も入りざまに 板戸が閉じる。
 使われていない調度品をしまっておく納戸だ。
 風通しの小窓から漏れる わずかな明かりが、
 様々な道具の輪郭を うっすらと浮かび上がらせていた。
 薄闇の中から、 押さえられた低い声が流れ出る。

「真咲さん、 大きく育ちましたわね。
 それに その眼鏡、
 連絡を聞いていなければ、 すっかり判らないところでした」
 若いのか 年寄りなのか、 ともすると男にも女にも聞こえてしまう。
 姉の声だが、 懐かしいのかどうだか よく分からない。
 正体不明の便利な声ではあるが、 身内にしたら感慨に乏しい。

「花澄姉さまは 全然変わっていないのね。 そのまんまだわ」
 美しいというほどではないが、 決して醜いわけでもない。
 ぼんやりしているわけではないのに、 全く印象に残らない。
 一言でいえば、 つかみどころが無い。
 華やかな内裏に在っては、居ても居なくても誰も気にしない。
 それが卯白の女蔵人こと 花澄だ。

「ところで、 私に御用かしら。 知りたいことでもあるの? 
 それとも気になることを見つけて、 報告でもあるのかしら」
「えーと、 野犬の侵入経路はまだ分からないの。
 門番が うっかり見逃しただけなんて可能性は?」
 内裏は隔離されているわけではない。
 許可のない者が入ることはできないが、 れっきとした用がある人間や、
 食料をはじめとする必要な品物は 日々それなりに出入りしている。
 それらが重なれば、 門番の注意が逸れる事態もあるのではないかと気になったが、
 あっさり否定された。

「ありえません。
 一年も前ならともかく、
 今は 木五倍子(きぶし)殿にお住まいの方が大層可愛がられている
 三匹のお猫様が いらっしゃいますから、
 門番が犬を見逃すなど 考えられません」
 『木五倍子殿にお住まいの方』とは 帝の妃の一人である。
 通常は 木五倍子様と呼ばれている。
 ほかならぬ 桜子を生んだ妃である。
 女官が ことさら回りくどい丁寧な言い方をする時は 要注意だ。
 棘(とげ)やら 針やらが 潜んでいる。
 無論のこと、 ちょっとした毒なんかも。



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