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まだまだ (1)


「ねえ 納念(のうねん)さん。 ペッティングって知ってる?」
 磐田治美(いわたはるみ)が 声をかけてきた。

 珍しく、 声をひそめた小声である。
 大声で言えない事なのだろうと、 とっさに判断したものの、
 そんなものは知らなかった。 首を横に振った。

「ペインティングナイフじゃなくて?」
 斜め後ろの席から、 眠そうな声で 帆織美代子(ほおりみよこ)が言った。
 聞こえたのだろう。
 充分な小声ではなかったようだ。

 始業時間まで まだだいぶある。
 早朝の教室だ。
 三人以外に人はいない。
 窓からは 爽やかな日差しが差し込んでいる。

 こんな時間に 三人も居るのが、 そもそも珍しい。
 いつもは 私しかいない。
 たま~に、 帆織が 先に来ていることがある。
 帆織の登校時間は読めない。
 いつも めちゃくちゃだ。 遅刻も多い。
 噂では、 早く来すぎて、
 まだ寝ていた宿直の先生を 大声で叩き起こしたことがあるらしい。

「ペインティングナイフって何?」
 振り向いて聞いてみた。
「油絵を描く道具だよ。
 筆と違うタッチになって、 面白いよ」
 帆織は 絵画教室に通っているらしいと聞いた。
 そうか、 油絵も描いちゃうのか。 すごいな。 本格的じゃん。

「いやいや 絵の道具なんか聞いてないから。
 ペッティングよ。 ペッティング!」
 磐田が、 自分の大声に怯えて、 あわてて口を塞いだ。
 だから、 そんなものは知らない。

「う~ん、 誰か知らないかなあ。 気になる」
「ねえ、 それって、 中二の女子が知らないと まずいようなことなの。
 テストに出る?」
 テスト云々は、 もちろん冗談だ。
 授業で聞いたことは ないはずだ。
「テストには出ない」
 磐田が 真面目くさった顔で請け合った。

「どういうところに出てきた言葉なのかなあ」
 全体の文脈や、 前後の文章から 推理できることがある。
 推理ゲームは 嫌いじゃない。
 何を隠そう、 こう見えても 中学に入ってから、
 がぜん、 推理小説にはまっている。

 磐田は、 さらに声をひそめた。
「ママが読んでる雑誌を たまたま見ちゃったのよ。
 そしたら、 『女の相談室』っていうページがあってさ。
 生理痛の悩みとか、 子どもができない という悩みとかが載ってるんだけどね。
 そこにあったの。
 夫が いつも独りよがりで、
 ペッティングが下手だとか、 足りないとか書いてあってさ。
 何だか気になるじゃん。 気になるよね。
 でもさ、 ママには聞きにくいじゃない。
 ていうか、 聞いたらまずい気がするわけよ」

 なるほど、 親に聞いてはいけない臭いが ぷんぷんする。


           

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