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薬種狩り 十七の5

「近づかないで頂戴。 腹が立つわ」
 他人には言わないだろう言葉を、 その人は 平気で玲に投げつける。
 言葉が凶器になると 知らないはずは無いのに、
 息子になら 何を言っても許されると思っているのだろうか。

 泣いてしまったら、 負ける。
 感情的になったら、 自分が壊れる。
 恐怖からだろうか、 怒りゆえだろうか、 玲の身体が小刻みに震えた。

「痛い!」
 玲は 思いっきり耳を引っ張られた。
《やっ、 すまん。
 衣都は 平気なもので、 つい力が入った。
 玲、 聞こえるんじゃろ。 わしが見えるんじゃろ》

「ああ、 不気味草の花芯が見えた時から」
《ふぉっ、 ふぉっ、 ふぉっ、 やっぱりな。
 やっとコツをつかんだか》
 一度見えてしまえば、 いくらでも当たり前のように見える。
 葉影小人草も 風吹き蔓も見えた。

「何故ここに居る。 衣都は放っておいて良いのか」
《衣都に頼まれたんじゃ。
 三人が バラバラになるようなことになったら、 玲を頼むとな。
 大丈夫じゃ。 わしが付いておる。
 玲、 まどわされるな。 他の三人を良―く見るんじゃ》

 天狗が 役に立っている実感は無いが、
 冷静に事態を把握することには 賛成だ。
 天狗と話をしたことで 少し落ち着きを取り戻し、 言われるままに目を移せば、
 馬酔木の横の老人は、 なんと絵だった。
 厚みの無いペラペラで 微動だにしない。
 膝から下が欠けているのは 絵の欠損だ。
 知っている。
 本草学ほんぞうがくの開祖といわれる いにしえの学者だ。

 芋の葉陰に居る老人は 細部がはっきりしないが、 これも見覚えがある。
 「薬草大観」を著した学者であり、 典薬頭の縁戚に当たる。
 幼い頃 連れて行かれた弔いで見た むくろだ。
 良く見れば、 目をつむったまま動かない。

 去鳥茨の後ろに居る筋肉男は 誰だ。
 心当たりがあるとすれば、 「我が穴掘り人生全六巻」の主人公だ。
 玲は 唇の片端を上げた。
 巻末の一行を 今回は見逃していない。
【この物語は、 事実をもとに書かれた作者の創作である】
 実在の人物ですらなかった。

 彼らは 死者ではないのだ。 幽霊でも 亡霊でも無い。
 おそらく、 玲の記憶だ。

 記憶の中の母が悲しい。
 記憶を変える事が出来るなら、 自分は変わるのだろうか。
 しかし、 記憶を塗り替えられるとは思えなかった。
 それが出来るのは、 生きて 目の前に居る人間だけだ。
 母は ずっとこのままだろう。

 死者の森に入った者は、 変われなければ消えるという。
 冷静に判断すれば、 変わるべきなのでろう。
 そうしなければ、 都にも、 典薬寮にも戻れない。
 だが しかし……。
 玲は、 初めて、 自分を馬鹿だと思った。

 ゆっくりと一つ息を吐くと、
 すっくと背筋を伸ばし、
 不遜な態度を身にまとい、
 あでやかに微笑んで見せた。
「母上、 ごきげんよう」
 壮絶に美しい笑顔だった。

 玲は 変わらない。
 たとえ、 この森で消えてしまおうとも………… 変われない。

 四人の不審人物は かき消えた。
 残ったのは 常識的な植生もなんのその、
 納得し難い様相で、 でたらめに生い茂る草木ばかり。

《変わらない自分を、 受け入れよ。 それがお前だ》
 森が言う。

 どこからか、 鈴の音が聞こえた。



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