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薬種狩り 十七の4

「じいちゃん……」
 言葉を途切らせた穂田里を、 祖父は じろりと睨んだ。

「どうした。 言いたい事も言えんのか。
 図体ばかり大きくなりおって、 ちっとも変っておらんな。
 情けない。 わしが一丁もんでやる。
 掛かって来い。 手加減はせんぞ」
 自信たっぷりに 木刀を構えた。

 いつも叩きのめされて、 一度も勝てなかった相手だ。
 辛い記憶と 悔しい想いが どっと押し寄せる。
 冗談じゃない。
 勝てる気がしない。
 すたこらさっさと逃げ出した。

「待てーっ」
 祖父は すかさず追いかけてきた。
 速い。
 まるで 子どもの頃に見た悪夢そのままだ。
 泣きながら必死に走るのに、 じわりじわりと追いつめられてゆく。
 毎晩のように見た悪夢が 再現されている。
 追いつかれ、 ボコボコニされたところで やっと目が覚めるのだ。
 今回は さすがに泣いてはいないが、 残念な事に 目が覚めそうにない。
 自ら終わらせなくては 終わらない。

 いい加減走ったところで、 思い切って踏みとどまった。
「よしっ、 かかってこい」
 木刀を構え、 やる気満々の張りのある声は、 息も乱れていない。
 爺のくせに なんて奴だ。
 とても生身の人間とは思えない。
 ………… そうだった。
 祖父は 一昨年他界したのだった。
 それなら こいつは何者だ。
 幽霊なのか。 そうなのか? 
 穂田里は、 それまで無造作に担いでいた手槍を引き寄せた。
 相手は木刀だ。 穂先の鞘は外さない。

 気合と共に 自分から仕掛けたが、 ことごとくかわされた。
 太刀筋たちすじは 祖父そのものだ。
 剣の腕も同じだと考えた方が良い。
 教えてもらった通りに戦っては 勝ち目が無い。
 教えてくれたのは祖父だ。
 穂田里の手の内も 力量も 丸解りなのだ。

 肝心なのは、 祖父に教わらなかった事だ。
 反射神経に頼らず、 わずかな隙を見定める事だ。

 穂田里は、 静かに息を整えた。
 慎重に。
 臆病に。
 そして、 注意深く。

 長い対峙の末、 好機が訪れた。
 繰り出した手槍が、 ついに 祖父の体勢を崩すことができた。
 が、 そこから思わぬ反撃が返って来た。
 警戒を怠らなかった穂田里は、 慌てずにかわし、
 次の瞬間、 手槍の石突きが 祖父の鳩尾を深く突いていた。
 勝った。

 祖父の姿が揺らいで、 あやふやになっていた。
 負けたのを見たことが無いから、 どんな様子なのか想像ができない。

「でかした」 と言う声は 父に似ていた。
 一度も 祖父の声では聞いた事が無い言葉だ。
 姿は ぐちゃぐちゃになり、
 声は 蜂の羽音のように 意味が取れない雑音に変わった。
 気にする必要が無いものになって消えた。

 宿の番頭は 『死者の森』では 人が変わってしまうと言っていた。
 しかし、 穂田里は 子どもの頃、 すでに大きく変わっていた。
 人が変化するのは、 なんら不思議な事ではないのだ。

《生きとし生けるものは変化する。 変わることを恐れるな》
 森の声がした。

 めちゃくちゃに走り回ってせいで、 自分がどこに居るのか 全然わからない。
 久しぶりに迷子になった穂田里は、
 懐から 白い紐が付いた迷子鈴を取り出し、 憮然として振った。




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