犬派のねこまんま 7である byねこじゃらし
犬派のねこまんま - 2012年05月29日 (火)
<ねこじゃらしは たまーに 名言を吐くのだ>
「人間は 絶望の淵に立つと 笑えるものなのだ」
これは、 吾輩が吐いた 名言の一つである。
学生だった頃の話である。 卒業制作が進まず、 講義が無いのに登校した吾輩の元に、
専攻の違う友人たちが訪れ、 よもやま話に花が咲いて、 笑い合っていた。
「笑っている場合なのか。 出来てないだろう」
そこに、 笑い声を聞きつけた助手が、 ツッコミに来た。
吾輩が 返した言葉が、 先の名言である。
「人間てね、 絶望の淵に立つと 笑えるものなのよ」
太平洋を ひとりぼっちで横断した 冒険家が居た。
遭難しそうになり、 太平洋の真ん中で 絶望感に襲われた時、
彼は、 笑ってしまったらしい。
吾輩も 深い 名言を吐いたものだ。
その冒険家が テレビ に出ていたのを見た。
船に犬を乗せていたらしい。 何度目の航海の時かは、 知らない。
「犬は、 人間より 崇高な生き物だ と感じました」
彼が 不安定な精神状態になって 荒れた時も、 犬は いつもと変わらず 傍に寄り添ってくれた。
犬に助けられたのだと、 しみじみ述懐しておられたのでした。
コンラート・ローレンツも言っている。
「メス犬をあらわす英語、 ビッチという言葉が、 蔑(さげす)みを意味する事が許せない。
メス犬ほど人間の友人として素晴らしい存在は無い」
吾輩も 意見を同じくするものである。
どうも、 オス犬より、 メス犬の方が、 総じて賢い気がするのだ。
おバカなオス犬も可愛いのは、 もちろんのことである。
冒険家の犬が どちらだったのかは 分からない。
が、 テレビの前に居た 我が家族は、
「犬と一緒なら 『ひとりぼっち』 じゃないだろう!」
一斉に 鋭く突っ込んだのは、 言うまでもない。
今は昔、 瀬戸内海に筏(いかだ)を浮かべた 青年が居た。
筏の上には彼一人。 「孤独に挑戦!」 と書かれた旗が ひるがえっていたのであった。
しかし、 しかしてある。
そこは 連絡船の航路に近い場所であったから、 行き交う船の乗客から、 「頑張れよ」 と声が掛かる。
その上、 あろうことか、 わざわざ船を調達してきたらしい 友人とおぼしき若者たちが、
うるさいほどの声援を送りながら、 近くを航行していたのだ。
おいおい。
何処が「孤独に挑戦」なのだ! 言ってみろ!
言い訳があったら 聞こうじゃないか。
孤独って 何だっけ?
見ろ、 混乱してきた。
どうしてくれる。
吾輩が言いたいのは、 犬が一匹傍にいれば、 孤独ではない、 という事だ。
もひとつ。
積極的に孤独になろうとすると、 孤独は案外難しい。 ということである。
孤独は 「なる」 ものではなく、
いつの間にか 「なってしまう」 ものだからであろうと思われる。
もしも 孤独に苦しんでいる人があったなら、 提案したい。
大きな旗を 作ってみては どうだろう。
旗には 「孤独に挑戦!!!」 と書き、
お気に入りの場所(無論、人目につく場所でなければならない)で、静かにたたずめば、
何処からか 「頑張れよ」 と声が聞こえてくるかもしれないではないか。
6へ☆☆☆8へ


「人間は 絶望の淵に立つと 笑えるものなのだ」
これは、 吾輩が吐いた 名言の一つである。
学生だった頃の話である。 卒業制作が進まず、 講義が無いのに登校した吾輩の元に、
専攻の違う友人たちが訪れ、 よもやま話に花が咲いて、 笑い合っていた。
「笑っている場合なのか。 出来てないだろう」
そこに、 笑い声を聞きつけた助手が、 ツッコミに来た。
吾輩が 返した言葉が、 先の名言である。
「人間てね、 絶望の淵に立つと 笑えるものなのよ」
太平洋を ひとりぼっちで横断した 冒険家が居た。
遭難しそうになり、 太平洋の真ん中で 絶望感に襲われた時、
彼は、 笑ってしまったらしい。
吾輩も 深い 名言を吐いたものだ。
その冒険家が テレビ に出ていたのを見た。
船に犬を乗せていたらしい。 何度目の航海の時かは、 知らない。
「犬は、 人間より 崇高な生き物だ と感じました」
彼が 不安定な精神状態になって 荒れた時も、 犬は いつもと変わらず 傍に寄り添ってくれた。
犬に助けられたのだと、 しみじみ述懐しておられたのでした。
コンラート・ローレンツも言っている。
「メス犬をあらわす英語、 ビッチという言葉が、 蔑(さげす)みを意味する事が許せない。
メス犬ほど人間の友人として素晴らしい存在は無い」
吾輩も 意見を同じくするものである。
どうも、 オス犬より、 メス犬の方が、 総じて賢い気がするのだ。
おバカなオス犬も可愛いのは、 もちろんのことである。
冒険家の犬が どちらだったのかは 分からない。
が、 テレビの前に居た 我が家族は、
「犬と一緒なら 『ひとりぼっち』 じゃないだろう!」
一斉に 鋭く突っ込んだのは、 言うまでもない。
今は昔、 瀬戸内海に筏(いかだ)を浮かべた 青年が居た。
筏の上には彼一人。 「孤独に挑戦!」 と書かれた旗が ひるがえっていたのであった。
しかし、 しかしてある。
そこは 連絡船の航路に近い場所であったから、 行き交う船の乗客から、 「頑張れよ」 と声が掛かる。
その上、 あろうことか、 わざわざ船を調達してきたらしい 友人とおぼしき若者たちが、
うるさいほどの声援を送りながら、 近くを航行していたのだ。
おいおい。
何処が「孤独に挑戦」なのだ! 言ってみろ!
言い訳があったら 聞こうじゃないか。
孤独って 何だっけ?
見ろ、 混乱してきた。
どうしてくれる。
吾輩が言いたいのは、 犬が一匹傍にいれば、 孤独ではない、 という事だ。
もひとつ。
積極的に孤独になろうとすると、 孤独は案外難しい。 ということである。
孤独は 「なる」 ものではなく、
いつの間にか 「なってしまう」 ものだからであろうと思われる。
もしも 孤独に苦しんでいる人があったなら、 提案したい。
大きな旗を 作ってみては どうだろう。
旗には 「孤独に挑戦!!!」 と書き、
お気に入りの場所(無論、人目につく場所でなければならない)で、静かにたたずめば、
何処からか 「頑張れよ」 と声が聞こえてくるかもしれないではないか。
6へ☆☆☆8へ

