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薬種狩り 四の1

 場所は 典薬寮の片隅、
 びっしりと立ち並んだ書棚の陰から 果てしない悪態が漏れ出てくるが、
 耳にした者は 声を掛ける事も無く、 むしろ すっ飛んで逃げてゆく。
 触らぬ神にたたりなし。
 優秀な学生の的確な判断だ。

 不穏当な言葉の数々を、 呪詛のように吐き散らす人物に近づくのは 得策ではない。
 危機回避能力は、 長生きに不可欠の要素である。

 しかしながら、 そういう配慮が全くできない人間というものも たまには存在する。
「よう玲。 今日も元気に毒気を吐いて、 調子が良さそうだな」
 穂田里である。
 危機管理がなっていないにもかかわらず、 長生きしそうだ。

「うるさい!  つべこべ言っていないで、 お前も手伝え」
「おお、 やぶさかではない。 で、 何を手伝えば良いのだ」
「この山を右から一列目、 奥から三番目の棚の 下から二段目の空いている所に入れろ。
 こっちの山は 二列目奥の棚の前に置け、 これは三列目の手前から二つ目の棚だ。
 そしてこっちは……」
 うっかり声を掛けたのが ご愁傷様である。
 積み上げられた資料の山を、 あちらこちらへと運ばされる。
 紙は束になると意外に重い。

「僕は 頭脳労働を受け持つから、 穂田里は体力を提供してくれたまえ」
 玲は涼しい顔で 指図をしてゆく。
「何をやってたんだ。 資料の虫干か」
「いや、 分類整理されているはずの資料が、 本来在るべき場所から移動してしまっているのだ。
 きちんと元の場所に戻さない奴が居るらしい。 けしからん。
 戻すようにと典薬助てんやくのすけ様から 命令された。
 間違いなく出来るのは 僕だけだから仕方がない。
 おまえたちのせいだ」

「そうかなあ。 あれっ、 この資料って左奥じゃなかったのか」
「やはり、 お前が犯人だな」
「えっ、 嘘―、 俺はちゃんと元に……」
 玲から ビシッと犯人に決めつけられて、 しどろもどろに言い訳をしながら、
 穂田里は いつものように力仕事を請け負ったのだった。

「ところで、 典薬助様は命令だけして、 どっかに行っちゃったのか」
「内裏に呼び出しを受けた」
 もともと 内裏で典薬くすりのすけの役目についていた女官を、 典薬寮が引き抜いた。
 薬師の腕は典薬頭よりも上だと評判の高い人である。
 高位高官はもとより、 内裏からも しばしばお呼びがかかる。
 引っ張りだこの売れっ子である。

 学生の指導は たいそう厳しい。
 二人とも「馬鹿じゃないの」というおめの言葉を 度々頂戴していた。
 「大間抜けのトンチキ野郎」
 「ノウタリンのスカスカ頭」
 と、 日ごとに ののしり言葉が進化しており、
 今や「馬鹿じゃないの」は 格上げされて、 お褒めの言葉として 学生たちに認識されている。

「どおりで、 静かすぎると思った。
 いいなあ、 内裏には きれいなお姉さんがいっぱいいるんだろうなあ。
 ……これはあっちと」
「のんきな事を言っているが、 課題は大丈夫だったのか」
「大丈夫だ。 すでに四日前に提出済みだ。 一日しか遅れなかった。
 よし、 次はどれを運ぶ?」

「これだ。 五列目の奥。
 おかしいな。 穂田里だけ出ていない、 と典薬助様が カンカンだったぞ」
「おかしいのはそっちだ。 俺は 典薬頭様の文机にちゃんと置いてきた」
 穂田里の言い分を聞いた玲は、 仕分けの手を止めて 呆れた顔をした。

「聞いていないのか。
 典薬頭は 五日前から自宅に籠っていて、 出仕していないぞ」



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