赤瑪瑙奇譚 第四章――3
カムライは、 晩餐会の間も やはり ユキアを見ようとはしなかった。
視線を向けることがあるのは 男たちと モクドの老女のみ。
少しでも若い女は 完全に 無視している。
ユキアは その様子を 面白がっていた。
始めて出会った時は、 身を挺して 襲撃者から庇ってくれた 凄腕の剣士。
二度目に会った時は、 おおらかな やんちゃ坊主。
そして今日は、 謹厳実直 女なんかには目もくれません、 といわんばかりの 冷たい顔で 取り澄ましている。
全く 何をしているのやら 飽きない。
冷たい横顔を見ながら、 ユキアは 思わず くすりと笑ってしまった。
宴も終盤に差し掛かり、 もうすぐ この場から開放される と思っていたカムライは、
やっと少し気を緩め、 あれこれ考え始めた。
城からは いつでも抜け出せる。
あんな見張りなど 振り切るのは簡単だ。
ホジロに手紙が届いていれば、 そろそろ 城下に現れてもいい 頃だ。
(ユンに逢いたい)
マホロバの姫には 正直に謝ろう。 分かってもらえるまで お願いしよう。
そのとき 隣から、 こらえていたのが我慢できなくなったような、
くすりと笑う声が聞こえた。
油断していたカムライは、 うっかり 声のしたほうを見てしまった。
二人の視線が出会い、 時が止まった。
楽しそうに笑うユキアの、 花が咲いたような笑顔に、 周囲の目が集まり、 ため息が出る。
カムライは、 表情を変えないようにするのが 精一杯だった。
動転していた。
(なんだこれは! また運命を感じてしまった。 わたしの運命は 浮気者なのか!
名前の 『ユ』 しか 同じところが無いじゃないか。 嘘だろ、 ありえな~い)
カムライの 苦悩の始まりだった。
迎賓館に戻り、 部屋に 二人きりになるのを待っていたように、 メドリが 猛然とかみつきはじめた。
「カムライ殿下って あんな方だったのですか。
心配で 物陰から 様子を伺っていたのですが、
式典の間も、 晩餐会でも、 ひんやりと冷たいお顔で終始なさって、
ユキア様を御覧になったのは たった一度きり。
後は ずうっと素っ気ない態度で ほったらかしでした。
こんなことを言ってはなんですが、
セセナ様だったら、 あの場で 泣き崩れて いらしたかもしれません。
ユキア様、 大丈夫ですか」
「よくわからないけれど、 政略結婚なんて こんなものじゃないのかしら。
でも、 少なくとも 嫌いじゃないわ。 あら、 結構好きかも……」
「でしたら、 よろしいのですけど」
「メドリ、 悪いけど ちょっと付き合ってくれる?」
ユキアは、 ユンになるため 着替えを始めた。
夜も遅いが まだ 大丈夫だろう。
調査団の連中は 仕事をしているはずだ。
大部分は マサゴとモクドに渡ったが、 コクウ担当の者達が 残っている。
「調査団の人たちに 差し入れをしたいの。 みんな 頑張っていると思うから」
「かしこまりました」
メドリも身軽な形(なり)に着替えると、 剣と覆面を渡し、 自分も 目立たぬように 小刀を携えた。
迎賓館は 城に近い。 用心して こっそりと抜け出した。
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