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薬種狩り  一

 気が付いたら、 森の奥深くまで分け入っていた。
 典薬頭てんやくのかみの言い付けを果たす為ならば、 奥に分け入る必要はない。
 天狗苺てんぐいちごなら、 森の何処にでも生えているのだ。
 わざわざ探す手間もいらないほど すぐに見つかる。

 しかし 穂田里ほだりは、
 そそくさと用事を済ませて帰ってしまうのは、 もったいない と思ったのだ。

 みずみずしい若葉に心誘われるまま 歩いていたら、
 いつの間にか、 深い木々に囲まれていた。
 始まって間もない春だというのに、 天狗森は 不思議に温かかった。
 長年 落ち葉が積もって出来た地面は ふかふかで、
 一足進むごとに 気持ちが良いし、
 湿り気を帯びた空気が 静かに漂い、
 森の外では時折吹く やんちゃな風も ここには無い。
 名も知らぬ小鳥の声が 木々にはね返って、 わずかに木霊こだまを響かせる。

 もっと早く来てみればよかった。
 穂田里は ゆっくりと森の空気を吸い込んだ。

 都の南に位置する天狗森は 深いが、 広さは広大というほどではない。
 誰のものでもなく、 何処の領地というわけでもなく、
 古くから天狗が住む森と慕われ、 うやまわれて そこに在った。
 年々広がってゆく人家や畑が 近くまで迫っていたが、
 避けるようにして 誰もが森には手出しをしない。
 穂田里は、 そんな人々の気持ちが 分かったと思った。

 だが、 今日は のんびりもしていられない。
 無理やり気分を変え、 手近な草叢くさむらを 無造作に掻き分けた。

 小さな草が一本、 にょきりと生えていた。
 肉厚のまあるい葉が 愛嬌を感じさせる。
 ふと目が会ったような 奇妙な感じにとらわれた一瞬後、
 草が すたこらさっさと逃げた。

 穂田里は、 あまりの驚愕に 尻もちをついてしまった。
 草が ……走って ……逃げる。

 典薬寮の そこそこ優秀な学生がくしょうである穂田里だったが、
 目の前で起こった事に 考えが追いつかない。
 四つん這いになって、
 さっき 草が逃げて行った方角の草叢を そうっと掻き分けたが、 もう見つからない。
 朝から夢でも見たのだろうか。
 混乱しかかった頭の隅に、 遠い昔の記憶がよみがえった。

 葉影小人草 はかげこびとぐさ

 子供だましのおとぎ話だと思っていた。
 幼い頃、 近所のおばあさんから聞かされた、 天狗森の 不思議な生き物たちの話。
 面白かったが、 分別の付く年まで成長すれば、 さすがに夢物語にしか感じられない。
 赤い鼻の天狗が 空を飛んだりするのだ。
 ばかばかしいとしか思えなかった。
 自分の目で見たことが、 やはり まだ少し信じられない思いがして、
 木の幹に背を預けるように 座り込んだ。

 なんだか力が抜けてしまった。
 他には どんな話があったのか、 記憶の底に沈んでいた物語を思い出そうとした。
 あえて覚えようとは思わなかったが、 子供の頃の記憶は馬鹿に出来ない。
 おぼろげだった記憶が するすると解けるようによみがえった。

 思い出してみれば やはり荒唐無稽(こうとうむけい)な話ばかりだ。
 目の錯覚に違いない。
 苦笑を浮かべながら、 視線を 梢の群れに遊ばせた時、
 異様なものが 目に飛び込んできた。

 ほとんど透明で、 わずかに黄緑色がかった蔦のようなものが、
 ふわふわひゅるり と空中を流れていく。
 風吹きかずら

 何という事だ。
 まただ。
 風のように 空中を漂う草なのだとか。
 ちゃんと生きていて、 花も咲かせれば 実もなるんだとか。
 嘘つけーっ。
 心中で叫ぶ 自分の声が聞こえるようだ。

 そんな穂田里の驚きには一切構わず、
 半透明のくねくねは、 漂い流れて 木立の陰に消えて行った。
 呆然としながらも、
 おとぎ話の中で ひときわ鮮やかに印象に残る草、 否、 花を またひとつ思い出した。

 月のしずく花。

 月の明るい晩、
 木の葉の間から射す月明かりが地面に落ちると、
 そこに姿を現すという 白銀色しろがねいろに光り輝く 世にも美しい花。
 目を逸(そ)らさなければ いつまでも咲き続けるが、
 目を離したり、 瞬きしたりすれば 二度と見えないらしい。
 信じられない。
 信じられないが見たい。

 今は 朝の柔らかい日差しが 木の葉の隙間を通って光の筋になり、
 下草の緑に 小さな陽だまりを作っている。
 心なごむ光景だが、 見たいのはこれではないと思った。

「よし!  月夜の晩に来るぞ!」
 知らず口をついた決意表明が、
 余韻を残すように、 森のさらに奥深くまで 木霊になって流れた。

 穂田里は、しばらくして ようやく落ち着きを取り戻した時、
 己の犯した 大きな失敗に気付くことになる。

「男子たるもの、それしきのことでうろたえるな!」
 亡くなった祖父なら、そう一喝しただろうが、
 穂田里は、大いにうろたえた。


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コメント
1534: by lime on 2013/08/02 at 18:27:01 (コメント編集)

もう新作なのですね。すごい!

今回も、可愛らしい珍妙な脇役たちが、たくさん出てきそうな予感です。
人物紹介には、ぜひ植物たちも。

1535:Re: lime様 by しのぶもじずり on 2013/08/02 at 19:00:34 (コメント編集)

そろそろペースが落ちるかもです。
暑くて茹ってます。

題名にこらなかった分、不思議植物は考えました。
で頻繁に出てくるわけではないのですよ。でも重要。

人物紹介ならぬ、植物図鑑ですか。いいかも。

1536:いきなり by 大海彩洋 on 2013/08/03 at 00:59:52 (コメント編集)

楽しそうなものがいっぱい出てきて、わくわくしました。
どんな植物なんだろう。絵を観たくなりました。
よし、私も月夜の晩に来るぞ!
(じゃなくて)この先、楽しみにしています(^^)

1537:Re: 大海彩洋様 by しのぶもじずり on 2013/08/03 at 13:43:45 (コメント編集)

つかみはOK?

絵は書かないほうが良いかも。
読んでくださる方が、
文章から、それぞれ好き勝手にイメージしてもうらう方が面白いんじゃなかろうかと思います。

だから、図鑑ではなく、名鑑ですかね。それは書いてみようかしら。

1549:こんばんわ! by 赤鈴(アカスズ) on 2013/08/06 at 20:08:42

イメージ的には、ジブリの"もののけ姫"に出てくる森でしょうか。

少なくとも、私の頭の中ではそういう感じのイメージで再生されました。


展開の読めない、非常に先の気になるお話ですね!

物語も非常に読みやすくて、面白いです。
私も小説をたまに書いているので、勉強になります。

1550:Re: こんばんわ! by しのぶもじずり on 2013/08/06 at 22:14:37 (コメント編集)

赤鈴様 いらっしゃいませ。

もののけ姫に出てくる森は、私も好きです。
影響されているかもしれません。

先が気になって頂けましたか? やったね。
なあんだと言われないように頑張りたいです。
コメントをありがとうございました。

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