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天州晴神霊記 第九章――7


 その沈黙は、 長くはなかった。
 意富美は 公然と顔を上げ、 うつろな目を見据えた。

「後戻りは できないのです。
 もう一度申し上げる。 陛下は、 天州晴には必要ない。
 お気楽に笑っているだけで、 たいしたことはなさっていない」

 真正面から弾劾した意富美に、 帝は 真剣なまなざしを向けた。
「大神官のくせに、 何も分かっておらぬのだな。
 帝の地位にあるとはいえ、 余一人で出来る事には限りがある。
 天州晴の何もかもを 余が一人で動かせるわけがない。
 そなたが申したではないか。
 左大臣と右大臣は、 それぞれに欠点があるが、
 両翼が補い合って、 良いところに収まると。
 朝廷には 有能な管理が山ほど居ると。
 だが、 いくら有能な管理であろうとも、 一人きりでは たいしたことは出来ぬのだ。
 それぞれが 得意な事を寄せ合って、 朝廷は動いている。
 余にも 得意技くらいあるぞ。
 それが 帝である余の、 一番大切なお仕事なのだ。
 教えてやろう。 笑う事だ」

 うつろに見えていた意富美の瞳が、
 最後の一言に呼び起されたかのように、 わずかに嘲笑の色を浮かべた。

 帝は気にすることなく、 言葉を続ける。
「とかく この世はままならぬ。
 どれほどに頑張ろうとも、 不本意な事態は起こる。
 悲しみに沈む民が、 前を向こうとした時、
 辛い現実から立ち上がろうと もがく時、
 真っ先に 笑って見せるのが、 余の一番大事なお仕事なのだ。
 それは、 帝である余でなくてはならぬ」

 帝は 笑っていなかった。
 意富美も 笑えなかった。

 いつもの呑気さを脱ぎ捨てた、 険しい表情の帝に、
 意富美は 底知れぬ不安を掻き立てられた。

 帝の笑顔を見る度に、
 自分は まだまだやれるという自信と、 安心感を感じていたことを思い出していた。
 胸糞が悪いとさえ思っていた笑顔に守られて、 好き勝手が出来ていたのだろうか、
 という疑問に取り付かれ、 胸の奥に どす黒い痛みが満ちてくる。


「勿体つけるのも、 そろそろ良いんじゃねえですかい。
 片付けましょうや」
 斑が、 修業着を脱ぎ捨てて前に出た。

 二人の会話は ちんぷんかんぷんだ。
 元より 聞くつもりもない。
 だが、 状況の有利不利を嗅ぎ分ける判断に 迷いはない。
 阿古屋に、 意富美に取り入って、
 汚れ仕事を、 時には 死体を木に吊るすという力仕事をこなして、 ここまで来たのだ。
 手下を使って 怪しい噂をばらまくのだって、 けっこうな手間がかかっている。
 ここで止められたら 台無しだ。

 他の四人も、 斑を見習った。
 懐から、 手になじんだ刃物を取り出して つかむ。



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