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天州晴神霊記 第一章――3


 帝自ら、 個性的な字を すらすらと書き並べて文を書いているところに、
 別の侍者が 大神官の来訪を告げた。
「新しいご神託でも出たのかな」
 帝は手を休めて、 顔を上げる。

 大神官を務める 意富美(おおび)は 帝より二歳上だが、 十歳も年上に見えるのは 白髪頭のせいだ。
 けっこうな年のくせに 黒々とした髪を持つ帝と相対すると、
 落ち着いた物腰といい、 堂々とした態度といい、 十倍も偉そうに見える。

「ご神託を受けながら、 海辺の争いを止める機会を失したこと、 眞に遺憾。
 大神官として 歯がゆい思いにとらわれております」
「はて、 ご神託なんかあったっけ」
 帝は本気で考えたが、 心当たりがまったく思い浮かばなかった。

「水にかかわるところにて争いが起こり、 早々に収めねば、 事が大きくなると申し上げたはずだが」
 意富美は 苛つく様子も見せず、 堂々と答える。
「あれは そのことだったのか。
 余は水争いでも起きるのかと、 せっせと治水に励んでおった。
 あれえ、 間違えたか。 でも、 おかげで 水周(まわ)りは、 今のところ万全じゃ」

「ご神託は曖昧なものゆえ、 いたし方がないといえば いたし方のないことではありますが、
 事の始めが耳に入っておれば、 気づいたこと。
 神殿のお勤めに専念するばかりで、 この国に起こっていることを知るのが遅すぎます。
 政治(まつりごと)に通じておればと悔やまれます」
 大神官は、 口惜しそうに眉をひそめた。

「歯がゆいのは分かるが、 政治は余の仕事じゃ。
 日照に雨乞いするよりも、 水源を確保する。 洪水を竜神に鎮めてもらうより、 治水工事をする。
 そのほうが なんぼか手っ取り早い。
 政治と神事を できるだけ分けていきたいと考えている。
 神官の方々には、 心置きなく神殿の勤めに専念してもらいたい」

 宮中の大学寮には、 星読み博士と鬼道博士がいたが、
 古い文献を検証することと、 物好きな学生(がくしょう)を指導するくらいしかすることがない。
 位も低く、 文字通りの閑職に追いやられている状態だった。

 大神官は 鷹揚にうなずいた。
「陛下の優しいお言葉を、 みなに伝えましょう。
 ところで 陛下、 新たなお妃を娶(めと)られませんか」
「ん?  すでに三人いるぞ。 良い皇子(みこ)にも 皇女(ひめみこ)にも恵まれた。
 余は頑張っている。 まだ足らぬと言うのか」
 突然の話題転換に、 帝は怪訝(けげん)な顔を向けた。

「なんの、 まだまだ男盛りでございましょう。
 都の端に 御神(みかみ)に愛(いつく)しまれた娘がいる。
 それを娶れば ますますご安泰との卦(け)が出ました。
 おそらくは、 新たなるお妃様が、 私の至らぬところを補ってくださるのではないかと。
 お妃さまになさらなくとも、 お傍に侍らせれば、 それだけでも」

「ほほう、 御神に愛しまれた娘とな」
「お調べになってみてください。 噂になっているかもしれませぬ。
 御神のお愛しみは 現れ出るものです」
 大神官は言うだけ言うと、 堂々と立ち去った。

 不意に訪れた静けさの中、 小さな呟きが はっきりと聞こえてしまう。
「陛下は 頑張っていらっしゃるのですね」
 言った十三彦が、 ぽっと頬を赤らめている。
 帝は 書きかけの文を丸めて、 ポコンと殴った。
 思いっ切り殴っても、 上質な軟らかい紙では効果がない。
 十三彦になんら痛手は無く、 文が台無しになっただけだった。
「ああ~、 くしゃくしゃになってしまったではないか。 書き直しだ」



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