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へべれけな人たち  1

 <ありがとうの洪水大作戦>


  私鉄の小さな駅から、 二人の若者が吐き出された。
  疲れた様子で歩き出す。

 「今日は ずいぶん長引いたな」
  物慣れた様子の、 いまどきの若者風が言い、
 「でも、 面白かった」
  おとなしそうな、 ごく普通が答える。
  名前は ショウとマサヤ ということにしておこう。

  ショウが 「一杯飲んで帰らないか」と、 誘う。
 「飲むなら、 駅の反対側に出ればよかったね。 こっちに飲む店なんてないだろう」
 「それがさあ、 あるんだ。 オレ、 見つけちゃったから、 連れて行ってやるよ」

  駅裏の線路際、 ピンク色のネオン管で 「へべれけ」 とだけ書いてある下に、 古びた扉があった。
  一人だったら絶対に入りたくない、 とマサヤは思った。

  中は 思った通り狭い。
  カウンター席が、 くっつくように五つ、 壁際に 黒い長椅子とテーブルがあるだけだ。
  奥のカラーボックスに 漫画本とノートらしき物、 立てかけられたギターが一本。
  カウンターの中には、 長い顔をした大柄で髭を生やした男が居た。
  店のマスターだ。
 「らっしゃーい」
  思いのほか、 愛想の良い声だ。
  カウンター席の奥に おばさんが飲んでいる。 一つ空けて、 人の良さそうな男が振り向いた。

  ショウが長椅子に掛けたので、 マサヤも隣に座った。
 「いつもの」と言ったショウに、 「ごめん、何だっけ」とマスターが笑う。
 「水割りお願いします」
 「ほい、 そっちの人は 初めてだよね。 何にしますか?」
  メニューは 壁に貼ってある汚い紙だけだが、 意外に種類は豊富だ。
 「同じのをお願いします」 初めての店では、 そう言うことに決めている。
  つきだしは、 ヒジキと油揚げの煮物だ。 手際良く水割りが出た。

 「学生さんだったよね。 今日はバイト?」
  カウンターに座る 気の良さそうな男が、 振り向いて言った。
 「いえ、 ゼミっす」
 「ふ~ん」
 「シロクマちゃん、 聞いといてそれだけ?  学生さん、 つまみ、 決まった?  何にする」
  マサヤは、 マスターが 「シロクマちゃん」と呼んだ男をちらりと見た。
  白くも無ければ、 凶暴そうにも見えない。
 「うん、 だって分かんないもん」
  見た目通りに、 シロクマは 人が良さそうだ。

 「何にしようかなあ。 俺、 揚げだし豆腐。 マサヤは?」
 「う~ん」
 「おい、 おまえは何が好きなんだよ。 好きなものを言ってみ」
 「好きなものなら、 貝類かなあ」
 「おっ!  運が良いね。
  うちはめったに貝類は置かないんだけどね。 今日は珍しく良いアサリがあるのよ。
  行っとく?  ほんと運が良いわあ」
  マスターは、 確認もとらずに、 さっさと調理に取り掛かった。

  マサヤは ニッコリ笑った。
 「そうなんですよ。 僕は運が良いんです」
 「おい青年、 きっぱりと言ったね」
  シロクマが目を見開いた。

 「『ありがとう』を言うんです。 一日に年齢×百回、 毎日言うと、 良いことが次々とやって来るんです。
  うちでは みんなでやってます。
  父は、 そりの合わなかった上司が移転したり、 諦めていた取引が上手くいったり、
  母は 前から欲しかったものが バーゲンで買えたり、 商店街の福引で 三等が当たったり、
  妹は 喧嘩した友達が謝ってきたり、 にきびが治ったり……」
  普段はおとなしいマサヤが、 勢いづいて話し出した。

 「三等かあ、 微妙だね。
  年齢×百回は大変だろう。 若い人は良いだろうけど、 俺、 何回言えばいいんだよ」
  シロクマは、 すでにうんざりしたように、 頭の中で計算している。
 「一度にまとめなくても良いんです。 暇がある時にやって、 一日の合計がなれば良いんです」
 「そんなにたくさん、 何に感謝すればいいわけ?  やっぱ めんどくさそう」
  ショウが からかうように言う。
 「別に。 何かに感謝してなくても良いんだ。 ただ言えば良いだけ。
  でも、 頭の中で言うだけじゃ駄目だよ。 声に出して言うこと。 それだけ」

 「ふううん、 試してみようかなあ。 でも、 数えるのが大変そう。
  途中で いくつなのか分かんなくなりそう」
  マサヤの力説に、 シロクマが 少しその気になって来た。
 「是非、 やってみてください。 本当に良いことが次々起こりますよ」
  マサヤが力強く断言した。

 「真言を唱えるってわけだ」
  その時、 奥で黙って飲んでいたおばさんが、 ぼそりと言った。
  マサヤがすかさず言い返す。
 「宗教じゃありません」
 「いや、 おんなじだから。 南無阿弥陀仏とか 南無妙法蓮華経とかと」
 「宗教なんかじゃないんですってば。 『ありがとう』をいうだけで、 他には何も無いんです」

 「宗教が嫌いか」
  おばさんが、 少しだけ体を振り向けた。
 「嫌いっていうか、 宗教戦争って 普通の戦争よりたちが悪いじゃないですか。
  異教徒を平気で虐殺したりもしますし。 日本にも 大量殺人をした新興宗教がありましたよね。
  集団自殺した教団と言うのも聞いたことあります。
  家族が嵌まって、 一家がボロボロになったり、
  しつこく勧誘されて 酷い目に遭った知り合いなんかも居ます。
  そういうの 嫌じゃないですか?」
 「確かに、 そういうのは困るね。
  だけど、 悪いだけのものなら、 とっくに廃れても良さそうなものじゃないか。
  未だに綿々と続いているということはだ、 救われた人間も大勢いる ということなんじゃないのかい。
  あたしゃね、 宗教は 人類の偉大な発明の一つだと思うけどね」

 「あははは、 やっぱ、 神様は人間が作ったんだ。 神様なんか居ないよね」
  シュウが、 ここぞとばかりに口を挟んだ。
 「さあ、 それはどうだろ。 神様仏様が居るのか居ないのか、 あたしゃ知らないね。
  居るのかもしれないし、 居ないのかもしれない」

 「ええーっ、 だって、 人類の偉大な発明だって言ったじゃないですか」
 「宗教というシステムのことを言ったのさ。
  宗教心のように 自然発生的なものはともかく、
  体系化され、 宗教という形にまとめられたものは 人間が作った。
  おそらく、 人間が作ったものに完璧は無い。
  完璧じゃないものは、 取り扱いが要注意だということさ」

  おばさんは 体を戻した。
 「だから、 良いじゃないか、 宗教かどうかなんて気にしなくても。
  幸せなら。 他人を不幸にしないなら。
  そこが肝心だろ。
  そうだ、 シロクマちゃん。 ロザリオか数珠を使って数えれば良いよ。
  あれは 元々その為にあるものだから。
  マスター、 ロックを。 ダブルで」



★★2−1

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コメント
1144: by ゆーき on 2013/02/25 at 03:58:39

こんばんはw
ときおりお邪魔しては、楽しませていただいております。

えっと、細かいことで、しかもあまりPCに詳しくないので、私だけなのか他の方も同じなのか、わからないのですが…

タイトルに使われている「①」という記号なんですが、ここではちゃんと見えていますが、ブログ村などに表示される記事タイトルでは化けてしまって「?」になってしまっているようです。
これって、もしかしたら、②や③もみんな化けちゃうかもしれないです。

1145:Re: ゆーき様 by しのぶもじずり on 2013/02/25 at 18:00:32 (コメント編集)

いらっシャイませ。

ええーっ!  ほんとだあ。
①が?になってます。

まいったなあ。私も全然詳しくないのです。どうしたらいいのか分かりません。
①を使わないことで対処します。
どうしても①にしたいわけではないので。
教えて頂いて、ありがとうございました。気づいていませんでした。

1148: by lime on 2013/02/26 at 00:55:15 (コメント編集)

宗教観というものは、本当に人それぞれなので、話題にするのを躊躇われますよね。
宗教観を熱く語られると、身構えてしまうのは、日本人だからなのか。

自然信仰の、「モノには全て、小さい神様がついておられる」っていうのは、なんだか気持ちがホッとして、好きなんですが。

ガマガエルは、そういえば台所の神様だって教えられたな・・・。
なんでだろう。

1153:Re: lime様 by しのぶもじずり on 2013/02/26 at 01:55:00 (コメント編集)

パーティーで話題にしてはいけないのが、宗教の話らしいです。

マサヤ君みたいなことを言う人も、不思議なことに、お葬式では手を合わせるし、
洋風結婚式では賛美歌を歌ったり、神前結婚式で固めの杯を飲んだり、
普通にやります。
クリスマスにはしゃいだり、お正月に初詣をしたりね。
意外に、生活のどこにでもあるものなんですよ。

宗教の戒律は、モラルの基本にもなっています。

クリスマスや初詣は平気なのに、「宗教」という言葉を聞くと、
身構えちゃうのは、何故なんでしょうね。

(具体的な戒律を書くと、コメントができません。融通が利かないです)

1155: by しのぶもじずり on 2013/02/26 at 02:01:39 (コメント編集)

戒律「ころすな」

1156: by しのぶもじずり on 2013/02/26 at 02:03:07 (コメント編集)

戒律「盗むな」

1157: by しのぶもじずり on 2013/02/26 at 02:06:50 (コメント編集)

戒律「嘘をつくな」

三つ同時に書くと、はじかれます。

まともな宗教の戒律には、だいたいそんなことが書いてあります。

(ええい、めんどくさい)

1160: by ゆーき on 2013/02/26 at 13:20:09

細かい指摘あいちゃってで申し訳ありません><

私も文字化けについては困っており、使いたい記号が使えなかったりしてます。

私のPCの場合ですと、どうやら、変換キーを押して候補を並べたときに、「環境依存文字」と表示される記号や字は、その機種やソフト独自のものであるため、他では化けちゃう可能性がある、ということらしいです。
めんどうですねw

1161: by ゆーき on 2013/02/26 at 13:23:52

細かい指摘あいちゃってで→細かい指摘しちゃって

です。

1162:Re: ゆーき様 by しのぶもじずり on 2013/02/26 at 14:20:09 (コメント編集)

いいえ、ご指摘いただいて助かりました。

そうか、「環境依存文字」もそうなんですね。気をつけようっと。
ありがとうございます。また何かあったら、教えて頂けると嬉しいです。

1990: by ササクレ on 2014/02/28 at 21:56:19 (コメント編集)

 世のなかのことって、かなり多くのことが突き詰めると、宗教に行きつかざるを得ないんじゃないかと、私は感じています。大乗仏典と聖書を少しだけかじりましたが、書いていることは大体、論理的に正しく、的確にポイントをついているというふうに感じています。
 世の中で宗教の話がタブー視されるのは、それが核心に迫っているからではないか、と考えています。そして、核心に意図的に踏み込まないことが「礼儀」と言われているようにも感じます。

1991:Re: ササクレ様 by しのぶもじずり on 2014/02/28 at 23:01:40 (コメント編集)

いらっしゃいませ。

お気楽な掌編に宗教を持ち出しちゃった私は、礼儀知らず?
肩肘張らずの読んで頂けるものを書きたいのですが、
宗教を持ち出すのはチャレンジでした。
「へべれけ」をシリーズにするつもりだったのですが、
続きがまとまらずにいます。
頑張って次を書くぞー!

コメントをありがとうございました。
おかげさまで、これがあったことを思い出しました。
ちょっと忘れかけていたかもう。

1992:Re:Re:ササクレ様 by ササクレ on 2014/03/01 at 18:51:02 (コメント編集)

 失礼しました。礼儀知らずだとは思いません。
 実りはある程度礼儀を顧みないところに生れると思っています。なので、あえて核心に踏み込むことは誰かがしてもいいのだと思っています。
 慣例上、宗教の話題は突き詰めない風習のようなものがあるということを感じています。

1993:Re: Re:Re:ササクレ様 by しのぶもじずり on 2014/03/01 at 20:35:28 (コメント編集)

ご丁寧にありがとうございます。
全然失礼じゃないですよ。
こちらこそ、おちゃめに返したつもりだったのに、
かえって気を使わせてしまったみたいで すいませんでした。

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