泣きわめく子ども 7(完)
いさ子は号泣した。
廊下の真中で 泣きわめく子を見た級友たちは、 訳も分からずうろたえる。
女子の学級委員が、 皆におされて慰めにかかろうとした。
「どうしたの? 大丈夫?」
泣き声が大きくなっただけだった。
困り果てた級友の何人かが、 「先生を呼んでこよう」と 駆けだす頃には、
他の教室からも、 泣き声に驚いた子どもたちが、 ぞくぞくと飛び出してきていた。
ぐるりと取り囲んで、 目を丸くする。
駆けつけた恵比は、 ただ狼狽した。
生徒たちが作る人だかりの真中に、 ひたすら泣きわめく いさ子が居た。
「どうしたの?」
言いながら、 立ち上がらせようと掛けた恵比の手を、 いさ子は全力で振り払った。
ほんの少しでも 触られるのが嫌だった。
それでも 立ち上がらせようとした恵比が、 力を入れて腕をつかめば、
いさ子は 悲鳴を上げて暴れた。
取り囲んだ生徒たちが怯えるほどの、 悲痛な悲鳴だ。
もはや、 誰の目にも明らかだった。
いさ子が 全身全霊で 恵比を拒否していた。
さらに大きくなった泣き声だけが、 沈黙した校舎内に 滔々と流れた。
為す術を知らない人垣は、 取り囲んだまま、 動かない。
誰も邪魔しないことを悟ったいさ子は、
うつむいていた顔を上げ、 天に届けとばかりに泣いた。
そうして、 取り囲んだ生徒たちの姿が 視界の中で揺れているのを見た。
涙に滲んで、 ゆらゆらと揺れている子どもたちを包む 莢(さや)を見た。
大きかったり、 小さかったり、 厚そうだったり、 薄かったり、
丈夫そうだったり、 ゆがんでいたり、
それぞれ様子は違っていたが、
子どもたち一人一人が 莢に包まれ、 護られているのが分かった。
ああそうか、 何か分からないけれど、 納得した途端に、
いさ子は 泣いていることに飽きたと気が付いた。
泣き声が、 少し小さくなった。
折よく、 恵比に連れてこられた男性教諭が近づき、 なだめるように立ち上がらせた。
隣のクラスの担任で、 いさ子は、 やっぱり好きじゃなかったけど、
気が済んだところだったので、 もういいやと思って されるがままになった。
その後がどうだったのかは、 よく思えていない。 どうでもいい事だった。
溜まっていた何かが抜けて、 さっぱりした気分になれた。
すがすがしくさえあった。
放課後、 久しぶりに 土手の「隠れ家」に行った。
しばらく ぼうっとしていたいさ子は、 小さな小さな声で 独り言を漏らした。
「私の莢は、 壊れて飛び散ったのかなあ」
その頃になって、 心配になってきたのだ。
吐息のような小声だった。
「そうだね。 吹っ飛んだねえ」
いつか聞こえてきたのと同じだ。
小柄なお爺さんだろうか。
でも、 男なのか女なのか、 年寄りなのか 若いのか 判然としない声に感じる。
「今度は もっと大きな莢になるよ。 もっと丈夫な莢になるよ。 すぐだよ」
周りを見回したが、 誰の気配も無い。
隠れ家の天井は、 枯れかかった枝だ。
粗雑に開いた隙間から、 いさ子は 小さな空を見上げた。
ゆっくりと白い雲が通り過ぎる。
「ふわふわだといいな」
大きな声が出せた。
了
★★戻る

廊下の真中で 泣きわめく子を見た級友たちは、 訳も分からずうろたえる。
女子の学級委員が、 皆におされて慰めにかかろうとした。
「どうしたの? 大丈夫?」
泣き声が大きくなっただけだった。
困り果てた級友の何人かが、 「先生を呼んでこよう」と 駆けだす頃には、
他の教室からも、 泣き声に驚いた子どもたちが、 ぞくぞくと飛び出してきていた。
ぐるりと取り囲んで、 目を丸くする。
駆けつけた恵比は、 ただ狼狽した。
生徒たちが作る人だかりの真中に、 ひたすら泣きわめく いさ子が居た。
「どうしたの?」
言いながら、 立ち上がらせようと掛けた恵比の手を、 いさ子は全力で振り払った。
ほんの少しでも 触られるのが嫌だった。
それでも 立ち上がらせようとした恵比が、 力を入れて腕をつかめば、
いさ子は 悲鳴を上げて暴れた。
取り囲んだ生徒たちが怯えるほどの、 悲痛な悲鳴だ。
もはや、 誰の目にも明らかだった。
いさ子が 全身全霊で 恵比を拒否していた。
さらに大きくなった泣き声だけが、 沈黙した校舎内に 滔々と流れた。
為す術を知らない人垣は、 取り囲んだまま、 動かない。
誰も邪魔しないことを悟ったいさ子は、
うつむいていた顔を上げ、 天に届けとばかりに泣いた。
そうして、 取り囲んだ生徒たちの姿が 視界の中で揺れているのを見た。
涙に滲んで、 ゆらゆらと揺れている子どもたちを包む 莢(さや)を見た。
大きかったり、 小さかったり、 厚そうだったり、 薄かったり、
丈夫そうだったり、 ゆがんでいたり、
それぞれ様子は違っていたが、
子どもたち一人一人が 莢に包まれ、 護られているのが分かった。
ああそうか、 何か分からないけれど、 納得した途端に、
いさ子は 泣いていることに飽きたと気が付いた。
泣き声が、 少し小さくなった。
折よく、 恵比に連れてこられた男性教諭が近づき、 なだめるように立ち上がらせた。
隣のクラスの担任で、 いさ子は、 やっぱり好きじゃなかったけど、
気が済んだところだったので、 もういいやと思って されるがままになった。
その後がどうだったのかは、 よく思えていない。 どうでもいい事だった。
溜まっていた何かが抜けて、 さっぱりした気分になれた。
すがすがしくさえあった。
放課後、 久しぶりに 土手の「隠れ家」に行った。
しばらく ぼうっとしていたいさ子は、 小さな小さな声で 独り言を漏らした。
「私の莢は、 壊れて飛び散ったのかなあ」
その頃になって、 心配になってきたのだ。
吐息のような小声だった。
「そうだね。 吹っ飛んだねえ」
いつか聞こえてきたのと同じだ。
小柄なお爺さんだろうか。
でも、 男なのか女なのか、 年寄りなのか 若いのか 判然としない声に感じる。
「今度は もっと大きな莢になるよ。 もっと丈夫な莢になるよ。 すぐだよ」
周りを見回したが、 誰の気配も無い。
隠れ家の天井は、 枯れかかった枝だ。
粗雑に開いた隙間から、 いさ子は 小さな空を見上げた。
ゆっくりと白い雲が通り過ぎる。
「ふわふわだといいな」
大きな声が出せた。
了
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