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泣きわめく子ども  1

 ヒロは 自分の名前が嫌いだった。
 マツ、 ウメ、 トヨ、 サト、 カタカナ二文字の名前は、 親戚にも、 近所にも 年寄りしかいない。
 古臭い前時代的な名前を 憎んでさえいた。
 勝手に子を付け、 寛子という漢字を当てて、 今風に名乗っている。
 役所や公的な手続きで必要になる書類は、 全部夫が引き受けているから、 ヒロには何の問題もない。

 今回、 夫の仕事の都合で、 雪深い田舎から 大都市の新興住宅地に引っ越すにあたっても、
 必要な手続きは 全て夫に任せた。
 しかし、 娘の転校先の学校へは ヒロが挨拶に行かなければならないことになった。
 夫は 仕事で手が離せないせいで、 ヒロに任されたのだ。
 引越しの整理もまだ終わっていないし、 見知らぬ場所に行くのは苦手だが、 仕方がない。

 小学三年生の娘を連れて、 真新しい鉄筋コンクリートの校舎に入った。
 おどおどしそうになるのを悟られまいとして、
 やっと見つけた職員室に、 背筋を伸ばして声をかければ、 すぐに応接室に案内された。

 案内したのは 中年にさしかかろうとする年頃の 女教諭だ。
 女教諭は、 一緒に応接室に入り、 名のった。
「恵比(えび)です。 いさ子さんの担任になります」
 テキパキと転校手続きの確認をし、 矢継ぎ早に説明を付け加える。

「もう三学期ですし、 三年生は 残り三カ月しかありませんから、
 新しく教科書を買うのは もったいないです。
 近所の上級生に譲ってもらってください」

 ヒロは、 内心で舌打ちしそうになった。
 ご近所なんて、 向こう三軒両隣に挨拶したのが精いっぱいだ。
 上級生の子どもを持つ家なんか まだ知らない。
 面倒な事を言わずに、 さっさと新しい教科書を用意してくれれば、 買うのに。

 ヒロは 気前が良い女だった。
 夫の稼ぎは悪くないばかりか、 経済成長が始まったとやらで、 景気が良い。
 故郷で暮らす姑と、 足が不自由な義兄の生活費にと、 給料の半分近くを送金しても、
 けろっとしているような女だった。
 親子四人の暮らしができれば、 それでかまわないと考えている。
 娘の教科書が必要なら、 もったいないとは思わない。
 面倒が省けるなら、 むしろ買ったほうが良い。
 困ったことになったものだと考えている間に、 恵比は、 さっと立ちあがってしまった。

「教室に案内します。 ついてきて下さい」
 速すぎるテンポについて行けない。
 田舎暮らしが長かったせいもあるが、 この都会は とりわけテンポが速すぎるとヒロは感じた。


 恵比は 初対面の母子に侮られまいとして、 ことさらに手早く事を進めた。
 女教諭が増え始めたとはいえ、 結婚を機に辞めてしまうのがほとんどだ。
 恵比の年まで続ける者は、 少数派だ。
 オールドミス と陰口を言われているに違いない。
 証拠はないが、 そうに決まっている。

 父兄たちからも、 なめられているような気がすることが多々ある。
 若くて経験が少なくても、 男性教諭のほうが信頼されている気がしてならない。
 気のせいではないはずだ。

 しかし、 田舎者丸出しのぼんやりした母子は、
 担任が女であることを気にする様子もなく、 おとなしく話を聞いた。
 気負わなくても大丈夫だったかもしれない。
 いくぶん気を良くして、 さっさと案内を終えた。



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