蜻蛉の願いはキンキラキン 第五章――11
完結長編 > 蜻蛉の願いはキンキラキン - 2012年12月18日 (火)
「本家からお土産だ」
桜は 鷹揚に受け取った。
がっついてないところが やっぱり怪しい。
しかし、 お土産を すんなり渡す蜻蛉も、 桜に充分怪しまれていた。
互いに顔を見合わせ、 静かな時間が流れる。
桜が、 おもむろに 紐に手をかけて解き、 箱を開けた。
「うむ、 銘菓ぴよぴよ饅頭だな」
優雅な手つきで一つ取り出す。
蜻蛉は 気づいた。
銘菓を手にしてなお この余裕ある態度は、 絶対に 何か美味いものを食べたに違いない。
蜻蛉も 箱に手を伸ばして 一つ取り出す。
桜も 同じことに気づいた。
ゆっくりと二人同時に一口かじる。 甘い白餡の香りが ふんわりと広がった。
「蜻蛉よ、 そろそろここを出ようか。 長居をしてしまった。
のんびりしすぎて、宝珠の賞味期限が切れたら、すべては水の泡だ」
「賞味期限てなんだっけ」
「忘れたのか。初めに説明してやったろうがっ。
宝珠は人の手に渡り、願いを叶えると、千日で消えてしまうのだ」
「へ~」
蜻蛉は 完全に忘れていた。
「大変だ! 桜さん、そういう大事なことは、ちゃんと言ってくれなきゃ。
ボケるのは早いぞ。よーし出発だ。急ごう。うん、 それがいい。
しかし 作戦はあるのか」
突然あわてた蜻蛉をひと睨みして、桜はきっぱりと言ってのけた。
「作戦なんか無い。 星白を呼び寄せたら、 後は 出たとこ勝負だ」
「おお、 その言葉、 大好きだ。 いいなあ、 出たとこ勝負」
銘菓ぴよぴよ饅頭は、 あっという間に 二人の腹に消えた。
宝珠の縁切札が剥がされた。
のんびりと都見物をする二人の元に、
星白と一郎が、 飛んで火にいる夏の虫のごとく 引き寄せられて現れたのは、 間もなくの事だった。
「あーら、 寄寓(きぐう)だわ。 星白さんじゃなくて。
お久しぶり。 あたし蜻蛉よ。 覚えてる?」
世界征服を目論む者と 世界を救いたいと望む者、
二人の再会は、 蜻蛉の わざとらしい愛想笑いで始まった。
蜻蛉と桜が 再び旅に出てから半年ほど後、
裳名里屋の隠居夫婦の奔走によって 都に大劇場が出現した。
裳名里座と銘打たれた劇場は、
その後 長きに渡って 都の華やかな文化の一翼を担ってゆく。
裳名里屋麦平は、 やがて 裳名里座の隠居と呼ばれるようになった。
彼の 一級品揃いの所蔵品の中にあった 黒衣の婦人像は、
放浪の画家 ヤサカの代表作に数えられる名作 と賞賛された。
漆黒の瞳に潜んだ 緑色の輝きは、 謎に満ちた微笑を引き立て、
怪しいまでに不思議な表情が 美術界の絶賛を浴びた。
後世、
持ち主の名によって『裳名里座(モナリザ)』と名づけられることになる名作のモデルが誰なのか、
ということも論争の種になり、
一部の訳知りが 「あれは、妻の余根(よね)だ! と言い張った事実が伝えられて、
『余根(ジョコン)だ夫人』と呼ばれることもある。
だが、 田舎のまじない師、 桜が、
目の前に置かれた大好物の西瓜を眺めて、 舌なめずりをしている図とは
お釈迦様でもご存じない。
『裳名里座』が描かれた時期に、
裳名里屋のライバル竹宅堂に、 ヤサカ画伯を名乗って居候を続け、
贅沢三昧した挙句に消えた詐欺師がいた とも伝えられているが、
犯人は捕まっていない。
しかし、 美術界の最大の謎は、
『ヤサカ画伯の代表作が、 よりにもよって、 何故 婆さんなのか』
という点にあったことは確かである。
第六章につづく
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桜は 鷹揚に受け取った。
がっついてないところが やっぱり怪しい。
しかし、 お土産を すんなり渡す蜻蛉も、 桜に充分怪しまれていた。
互いに顔を見合わせ、 静かな時間が流れる。
桜が、 おもむろに 紐に手をかけて解き、 箱を開けた。
「うむ、 銘菓ぴよぴよ饅頭だな」
優雅な手つきで一つ取り出す。
蜻蛉は 気づいた。
銘菓を手にしてなお この余裕ある態度は、 絶対に 何か美味いものを食べたに違いない。
蜻蛉も 箱に手を伸ばして 一つ取り出す。
桜も 同じことに気づいた。
ゆっくりと二人同時に一口かじる。 甘い白餡の香りが ふんわりと広がった。
「蜻蛉よ、 そろそろここを出ようか。 長居をしてしまった。
のんびりしすぎて、宝珠の賞味期限が切れたら、すべては水の泡だ」
「賞味期限てなんだっけ」
「忘れたのか。初めに説明してやったろうがっ。
宝珠は人の手に渡り、願いを叶えると、千日で消えてしまうのだ」
「へ~」
蜻蛉は 完全に忘れていた。
「大変だ! 桜さん、そういう大事なことは、ちゃんと言ってくれなきゃ。
ボケるのは早いぞ。よーし出発だ。急ごう。うん、 それがいい。
しかし 作戦はあるのか」
突然あわてた蜻蛉をひと睨みして、桜はきっぱりと言ってのけた。
「作戦なんか無い。 星白を呼び寄せたら、 後は 出たとこ勝負だ」
「おお、 その言葉、 大好きだ。 いいなあ、 出たとこ勝負」
銘菓ぴよぴよ饅頭は、 あっという間に 二人の腹に消えた。
宝珠の縁切札が剥がされた。
のんびりと都見物をする二人の元に、
星白と一郎が、 飛んで火にいる夏の虫のごとく 引き寄せられて現れたのは、 間もなくの事だった。
「あーら、 寄寓(きぐう)だわ。 星白さんじゃなくて。
お久しぶり。 あたし蜻蛉よ。 覚えてる?」
世界征服を目論む者と 世界を救いたいと望む者、
二人の再会は、 蜻蛉の わざとらしい愛想笑いで始まった。
蜻蛉と桜が 再び旅に出てから半年ほど後、
裳名里屋の隠居夫婦の奔走によって 都に大劇場が出現した。
裳名里座と銘打たれた劇場は、
その後 長きに渡って 都の華やかな文化の一翼を担ってゆく。
裳名里屋麦平は、 やがて 裳名里座の隠居と呼ばれるようになった。
彼の 一級品揃いの所蔵品の中にあった 黒衣の婦人像は、
放浪の画家 ヤサカの代表作に数えられる名作 と賞賛された。
漆黒の瞳に潜んだ 緑色の輝きは、 謎に満ちた微笑を引き立て、
怪しいまでに不思議な表情が 美術界の絶賛を浴びた。
後世、
持ち主の名によって『裳名里座(モナリザ)』と名づけられることになる名作のモデルが誰なのか、
ということも論争の種になり、
一部の訳知りが 「あれは、妻の余根(よね)だ! と言い張った事実が伝えられて、
『余根(ジョコン)だ夫人』と呼ばれることもある。
だが、 田舎のまじない師、 桜が、
目の前に置かれた大好物の西瓜を眺めて、 舌なめずりをしている図とは
お釈迦様でもご存じない。
『裳名里座』が描かれた時期に、
裳名里屋のライバル竹宅堂に、 ヤサカ画伯を名乗って居候を続け、
贅沢三昧した挙句に消えた詐欺師がいた とも伝えられているが、
犯人は捕まっていない。
しかし、 美術界の最大の謎は、
『ヤサカ画伯の代表作が、 よりにもよって、 何故 婆さんなのか』
という点にあったことは確かである。
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