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蜻蛉の願いはキンキラキン 第五章――7



 裳名里屋の隠居所だというその建物は、
 瀟洒(しょうしゃ)な 落ち着いたたたずまいだった。
 由緒ある大財閥が住んでいると知らなければ、
 ちょっとした金持ちの屋敷としか 一見 見えないが、
 判る者が見れば 相当凝った造りだということが見て取れるだろう。

 さらに、 住む人間の使い勝手をよく考えた、 住み心地の良い作りに仕上がっている。
 才気走った若手には 逆立ちしても出来ない芸当だ。
 名のある棟梁の 晩年の作だった。

 蜻蛉が やけにうきうきと隠居にくっついて入っていく。
 玄関には 濯(すす)ぎが用意されており、
 通された部屋に落ち着くと、 すかさず 飲み物と食事が運ばれてきた。

 艶々と光る 黒漆(くろうるし)の食卓の上に、
 料理をのせた美しい食器が並べられる。
「ちょうど時分時なので 食事を用意させました。
 まずは ゆっくりしてください」
「突然迷惑をかけちゃった。 どうもありがとう」
 案外悪びれる風もなく、 八尺は 出された酒に目を細めた。

「思いがけず 先生を我が家にお迎えできて 嬉しいです。
 よろしければ、 ごゆっくり滞在なさってください」
「奥方の余根(よね)さんが見えないようだが 留守なのかい」
「ええ、 今劇場を作るのに夢中で、 そっちにかかりきりです。
 出来上がったら、 都一番、 いや 眞籠(まこも)で一番の大劇場になるでしょう」

 和やかに酒を酌み交わす男たちの横で、
 料理をぱくつく桜と、
 カツ丼を三杯で止めておけば良かった と後悔しながらも、
 浅ましく食べ始めた蜻蛉の二人はおとなしい。

 料理は、 特に珍しい奇をてらったものはなく、 ごく普通の献立に見えたが、
 食べてみると、 吟味された食材の良さと調理の味付けは絶品で、
 その美味さは只者ではない。
 部屋の調度品も、
 小さな茶箪笥の螺鈿(らでん)といい、 深い緑色の翡翠(ひすい)の香炉といい、
 さりげないが よく見れば 見事な一流品揃いだ。

 蜻蛉が 感慨深げにつぶやいた。
「ものすごく悪い奴も、 ものすごく良い物も 一見普通に見えたりするんだな。
 普通って 侮れないな」
「人間はともかく、
 物や道具は 大勢の人に 長い間試されて残ってきたものが、 普通という定番になりますからな。
 ある意味、 一番よく出来たもの といえるわけで」
 麦平の講釈をよそに 蜻蛉はじっと桜を眺めていた。
「普通のくそばばあと思っていたが、
 もしかして 桜さんも侮れないばばあだったりして」
 隠居が一瞬絶句する。

「……ふ、 ふつうですか?  顔まで覆う黒ずくめの何処が普通ですか」
「日焼けは お肌の大敵だからな。 それだけだ。 普通だろ」
 麦平は 桜の返事に追及するのをあきらめて、 女二人とはかかわらないことにしたようだ。
 何事もなかったように 八尺に話しかける。

「先生、 こんなことくらいで恩を着せたりは金輪際しませんが、
 もし お気が向いたら 是非……」
「うん、 今ものすごく お気が向いていたりする。 やっちゃうぞ」
 麦平の顔が、 ぱあっと明るく輝いた。

「ささっ、 酒はいくらでも持ってこさせます。 どうぞどうぞ」
「それについてはご隠居、 ちょっと頼みがある」



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