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香美位山  五

 嘲笑う声が、楽しげに続けた。
「教えてやろう。 何もできない。
 ククク、 たくさんの『過去』が積み重なって、 『今』がある。
 ゆがんだ、 あるいは間違った『過去』が しょうもない『今』を作っている。
 そして、 いくつもの『今』が 未来を創る。
 閉じ込められ、 身動きも自由にできないおまえの『今』が 何を作れると思うんだい? 
 なーんにもできない。 クククク」

「一理ある。 私は私の『過去』を 私に語ってみよう。
『今』を見出さなくては成らぬ」
 何も見えない暗闇の中では、 独り言と変わらない。
 聞いているのが魔物というのも 一興だ。
「けっ、 遅いや」

 ともすれば 途切れがちにもなる かすれた声で、 淡々と紡がれた物語が終わると、
 闇は哄笑した。
「ウハハハハ、 こいつは良いや。 この郷の未来は 俺にだって読める。
 毒婦と道を外した修験者に 食いつぶされる。 間違いない」
 狭い洞穴に、 闇の声が 楽しげにこだました。


 どれほどの時が過ぎたろうか、
 ひっそりと静まり返った暗闇に、 闇が問いかけた。
「おい、 ……おい、 どうした。 絶望したあまり、 気を失ったか」
 応じたように、 身じろぎの気配があった。

「ん…… ん、 考えていたら、 つい、 うとうとしてしまったらしい」
「そういや、 あんたは お姫さんだったなあ。 にしても、 呑気が過ぎる。
 喉が渇いたろう。 腹が減ったろう。
 まだ、 竹筒の水が一本と、 握り飯が一つある。
 飲めよ。 食えよ。 どうせ 長くは生きられない。 今のうちだ」

 祈姫は起き上がって、 姿勢をただした。
「同じ事だ。 欲しいなら、 そなたにくれてやろう。 勝手に取るがよい」
 だが、 闇は動かなかった。

「違うのか。
 私は手探りするのも面倒だ。 好きな時に、 飲み、 食すがいい」
 悔しそうな唸り声が 返事になった。
 闇の気配が 乱れる。

 ややあって、 堪らぬ様子の声が 再び話しかけた。
「ここに閉じ込められてから、 姫さんは 一口の水を口に入れただけだ。
 オレが 場所を教えてやるから、 手に取れ」
 返事がない。
「なあ、 飲みたいだろ。 食いたいだろ。
 ちゃんと 右左を教えてやる と言っているんだ。 すぐに探り当てられる」

「……そうか」
「そうだ」
「自分では 取れないのか」
「んぐぐーっ」
「何故?」

 闇は、 しばらくして 観念した。
「その三宝は、 姫さんの為に供えられた。 オレにではない」
 三宝に乗せられた捧げ物は、 聖なる供物。
 魔物には 手出しができないのだ。

「言いなさい、 右か。 左か」
 探り当てた竹筒と握り飯は、 惜しげもなく 闇に突きだされた。



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コメント
704: by lime on 2012/10/19 at 17:59:52 (コメント編集)

美女と野獣的な絵が浮かびますが、実際闇は、どんな魔物なのでしょう。
今のところ、優しいのか意地悪なのか、まだはっきりしませんが。
しかし、この姫。男前ですね。女にしておくのは惜しいです。

705:Re: lime様 by しのぶもじずり on 2012/10/19 at 18:45:48 (コメント編集)

あと一回で終わります。次回完結します。

> 美女と野獣的な絵が浮かびますが、実際闇は、どんな魔物なのでしょう。
> 今のところ、優しいのか意地悪なのか、まだはっきりしませんが。
やさしいか意地悪かというより、魔物として小物なのです。

> しかし、この姫。男前ですね。女にしておくのは惜しいです。
「女優は男だ」とは、よく言われますが、
お姫様も、男前じゃなきゃやっていけない商売なのではないか、という気がします。(商売じゃないか)

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