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香美位山  参

 時の流れは 目に映らない。
 特に 手がかりさえ無い闇の中では ことさらである。
 どれほどの時が流れ去ったのか、 気がつけば、 辺りは 静けさに囲まれていた。

 祈姫は 手探りで姿勢をただした。
 出来ることは、 一つしかない。
 静かに両手を合わせ、 土地神に届くようにと、 祈りをささげた。
 開けても閉じても変わらないが、 いつもの習慣で 目は閉じた。
 何処からか聞こえてきた、 ねぐらに帰るらしい鴉の声に、 わずかばかりの慰めを感じて。


 ふと、 喉の渇きを覚える。
 瞼を開いてみたつもりだったが、 闇しかない。
 瞼を開いているのか、 閉じているのか、 自分でも分からなかった。

 為す術もないまま、 いくばくかの時が過ぎた頃、
 何処から忍び入って来るものやら、 淡い光に似たものが 滲んでいるのを感じるまでになった。
 三宝があるらしいのが 分かる。
 そこが 洞穴の入り口なのだろう。
 手探りで進み、 手を伸ばせば 竹筒に触れた。
 それをつかんで引き寄せた刹那、 ふと、 後ろに気配を感じる。

 ゆっくりと振り向いた。
 そこには ただ暗がりがあるばかりで、 もとより何も見えない。
 だが、 気配は少し濃くなった。
 何か居る。
 洞穴を満たす闇よりも さらに黒々とした何かが 蹲(うずくま)っている。

 息を殺していたのは 長くなかった。
 握りしめた竹筒の水が、 末期(まつご)の水になるかもしれない。
 祈姫は 苦心して栓を抜いた。

 清涼な水の匂いが かすかに溢(あふ)れ出した。
 気配が 身じろぎする。
「水が、 欲しいのか」
 問いかけてみたものの、 特に返事は無かった。

 祈姫は、 黙って ただ竹筒を持った手を差し出した。
 ひったくるように もぎ取られた。

 ぴちゃぴちゃと水の音がしたと思ううちに、 気配が ずるりと濃くなった。
 からーん。
 空になったらしい 竹筒の転がる乾いた音が、 明るく洞穴にこだました。

 気配は 蹲ったかのように動きを止めた。
 代わりに、 かすかな音がし始めた。
 それは、 少しずつ、 少しずつ、 うねりながら大きくなり、
 呻(うめ)きに似た音になった。

「腹が 空いているのか」
 再び問いかけたが、 やはり返事はない。
 祈姫は 手探りで握り飯をつかみ、 先ほどと同じように 腕をさし伸ばした。
 乱暴な手ごたえを残して、 握り飯は消えた。

 やがて、 呻きは、 岩と岩をこするような、 ひび割れた声になった。
「おーまーえーはー、 …… うー まー そー だ あー」
 様子を探るように、 ガリガリとした声が 洞穴の壁を伝った。

「魔物か」
 祈姫の問いかけには 『私を喰らうのか』が 含まれている。

 返事は なかなか返らなかった。



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