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くれないの影  第六章 月下に舞う――1



 国司の使いだと名乗る男が、 領主屋敷を訪れた。
 四十歳ほどの 落ち着いた男が一人。
 無事を祝う口上と、 火事見舞いの品を持ってきたという。

 使いの男は、 敷地内の奥に建つ別棟に案内された。
 其処を 綺羅君と焼け出されて行き場の無い四人の召使い、 実は軽業師たちが使っている。
 新しく流人屋敷が用意できるまでの 仮の住まいであるから、
 家中の者どもは近づくな と命じられて、 余人が立ち入ることの無い 静かな一角になっていた。

 綺羅君は、 ある日 忽然と屋敷内に現れ、
「ここは 何処(いずこ)じゃ」
 と 宣(のたま)ったという。

 それまで 何処にいて何をしていたものやら、 とんと覚えが無い と言ったので、
 誰も深く詮索できなかった。

 同じく焼け出された四人が 世話をしていたが、
 離れに移ってからは 驚くほどおとなしくすごしている。
 鳥座家では、 足繁く通って来られた頃よりも、 よほど平穏な暮らしになっていた。

 見舞いの品は、
 薄い青地に金糸銀糸をふんだんに使って模様を縫い出した 豪華な狩衣と
 指貫(さしぬき)の一揃いだった。
 急ごしらえで用意できる品ではない。

「よほど手回しが良いようだ。 だが、 ちと地味じゃな」
 いぶかしげに言う綺羅君に、 使いの男が 笑いながら答える。
「次嶺経守様からお誘いがあったはず。
 秋の風情を楽しみながら、 茸や山菜でおもてなしをしたかったそうにございます。
 その折に お土産としてご用意してあったとか。
 思わぬ事態で 火事見舞いになってしまいましたが、
 月の夜にならお似合いではないか と仰せだったとのことにございます。
 ついでに預かってきました」

「おお、 なるほど。 こっちがついでか。
 月夜に忍んでいくには良い。 焼けずにすんで良かった」

「今宵は望月。 介様からも 何やら届きましょう」
「鳥座の家には 迷惑をかけたくないものじゃ」
 散々迷惑をかけてきたのは誰なんだ、 と言いたくなるような 綺羅君の台詞である。

 使いの男は しばらくの間何やかやと話し込んでいたが、 まもなく辞した。
 帰りがけに賄い場に立ち寄り、
 水を一杯欲しいとねだった他は 何事も無く帰っていった。



 西の山の端に 陽が落ちた。
 夕陽に照らされて 鮮やかに燃え立っていた紅葉が、 すみれ色の薄闇に沈み、
 一つ、 二つ と星が瞬き始めても、 領主屋敷に 明かりは灯らなかった。

 その夜、 領主屋敷は 異様な静けさに沈んだ。
 まだ宵の口にもかかわらず、 ほとんどの者が寝入っている。
 片付けの途中や 衣類の始末の途中、 歓談の途中の姿のまま、
 その場で寝息を立てていた。
 勉学の途中、 書物に顔を伏している者は いつもどおりだが、
 警護に立った者でさえ、 地べたに座り込み、 あるいは塀に持たれ、
 中には地面に大の字になって 動かなかった。

 おりしも満月の夜。
 昇り始めた煌々とした月明かりに照らされて、
 領主屋敷は 静寂に包まれ、 たたずんでいた。


 月明かりを避けるように近づく 人影がある。
 門前に集まったのを見れば、 三十人近くにもなる数だ。
 夜には しっかりと閉じられるはずが、 まだ開いたままになっている門を通れば、
 眠りこけた門番が かすかに鼾(いびき)さえかいている。

「うまくいったようだな。」
 頭目とおぼしき男が 辺りの様子を確かめて、 かたわらの男に囁く。



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