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くれないの影 第五章――11



 白菊は 心引かれる若君に出会った。
 二年半前のことだ。
 胸の底から熱くなる想いを、 その時 生まれてはじめて知った。
 身を焼き尽くすほどに焦がれた。

 離れ離れに引き裂かれて 逢えないのなら、 かえって耐えられただろう。
 想いを胸に秘めて生きることも、 白菊になら できたかもしれない。
 だが、 近くにあって 義姉と呼ばれることには、 到底 我慢できるとは思えなかった。

 そんな折に、 突然、 父が逝った。

 あの時、 血迷ったのだろうか。
 跡継ぎの弟紅王丸を、 とっさに閉じ込めた。
 領主になれば、 他家に嫁ぐわけには行かない。
 あの方の義姉にならないためならば、 何でもできる と思った。
 思いもかけず、 あの方が婿に来てくださることになった時は 嬉しかった。
 怖いくらいに幸せで、 夢のようだった。

 ――夢だったのだ。

 同じ年に 外で生まれた腹違いの妹、 千種には 慕われていると信じて、 紅王丸の世話を任せた。
 それが あんなことになるとは……。

 慕ってくれたからこそだった…… と、 にわかに気が付いた。
 他に 誰も言う人が居なかったから、 千種は 自分で言うしかなかったのだ。

 あの晩、 千種は 思い詰めた顔で、 こっそりと現れた。
『紅王丸様は、 あんな目に合われても、 白菊様を想って ご心配なされていらっしゃいます。
 何をなさろうとしておいでかは存じませんが、
 どうか お二人で力を合わせて ご相談なさってください。
 紅王丸さまは 姉君のお力になりたいと悩んでいらっしゃいます。
 見ていられません。
 どうか、 狭く暗い場所に閉じ込めておくことは お止めください』

 それだけは できない相談だった。
 紅王丸が無事と知られては、 全てが元の木阿弥になる。

 追い詰められた気持ちで、 千種の頬を叩いた。
 勢い余って 燈台の明かりが倒れ、
 袿(うちぎ)に掛かった油に 火が移って、 炎が 白菊を焼いた。

 悲鳴を聞きつけた土岐野が 駆けつけ、 袿を剥ぎ取った時には、
 左の頬、 腕、 手が 焼け爛れていたのだった。
 若い姫君の 顔の傷だ。
 落ち着くまではと 土岐野は 密かに医者を呼び、 他には知らせず、
 篤く手当てをしたが、 焼けた痕が大きく残った。
 白菊は 知る者を最小限にとどめて口止めを謀り、
 以後 人前に姿を晒すことをやめた。

 しかし、 領主の身では 姿を隠し続けることは困難だ。
 半年後に控えた父の三回忌には 施主の務めを果たさなくてはならない。

 千種は 姿かたちが白菊に似ていた。
 千種を責め、 脅し、 責任を果たせとなじって 身代わりを承知させた。

 だが、 生まれながらの姫君である白菊の優雅な立ち居振る舞いが、
 千種には できなかった。
 母親が亡くなり 屋敷に引き取られるまでは、
 決して家柄が良いとはいえない家で 自由に暮らしていた為、
 バタバタと音のする足さばきも、 粗野な挙措動作も、
 白菊とは 似ても似つかなかった。

 人が変わったように おとなしくなった千種を、
 違うと責め、 もっと似せよと怒り、 毎日責め立てているうちに、
 ある日、 千種は壊れた。

 よくできた『影』を手に入れ、 うまくいき始めたが、
 それは 領主としての白菊にとってのことに過ぎない。
 女としての白菊には 更なる苦しみが待っていた。

 耐えられると思ったことが 間違いだった。
 間近で顔を合わせるのも 『影』。
 優しい言葉をかけられるのも 『影』。

 何かを、 いや、 全てを間違えたことは分かった。
 ただ、 どうすればいいのかが 全く分からなかった。

「欲しくないものを避けることばかりに 熱心だったのであろう。
 欲しいものを素直に欲しい と言えばよかったのだ。
 さすれば、 仮令(たとい)それが手に入らなくとも、 身に合うものを得たであろうに」

 迷子の子猫ちゃんは どこまで知っているのか、
 物思いに沈む白菊に 静かな声で言うと、 ひらりと消え去った。

 いつの間にやら、 風に乗って聞こえていた声も止んでいた。



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コメント
652: by lime on 2012/10/02 at 13:03:37 (コメント編集)

そういうことだったのですね。
からくりがわかり、霧が晴れました。
いじらしいじゃないですか、白菊。でも、ひどい。
迷子の子猫ちゃん、粋ですね。
誰でしょう・・・。

653:Re: lime様 by しのぶもじずり on 2012/10/02 at 14:13:22 (コメント編集)

「迷子の子猫ちゃん」は、誰でしょう?

あはは、クイズにならない。
もう少し謎のある書き方をした方が良かったでしょうか。

次回、正体が判明します。乞う ご期待! なわけないか。

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