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くれないの影 第五章――10



 門柱の傷は 三本の縦線と 交差した三本の横線。
 魔封じの『目』だ。

 魔性のものは、 線を与えられると 辿(たど)らずにはいられないらしい。
 線と線が交わる所には 捕らえられて、 抜け出せなくなるともいわれている。
 交わる所を 『目』と呼ぶ。
 竹で編む籠なども、 交わるところを『籠目(かごめ)』や、 『編み目』と呼ぶのと同じである。


 修験者たちは、 揃って門前に立ち、 金剛杖を一斉に打ち鳴らすと、
 腹の底から響く 朗々とした声で、 なにやら誦(ず)し始めた。
 その声は 北風に乗って、 広い邸内の奥深くまで届いた。

 何事か と棒立ちになった門番の後ろから 出てきた者が居た。
 目の細い女、 紫苑だ。

 紫苑は 修験者たちに近づき、 何か言ったが、
 よく響く十人の声に埋もれて、 ほとんど他からは聞き取れない。
「……だに ……験者…で ………… か」
 かすかにうなずくのを見届けて、 紙に包んだ物を、 修験者の一人に渡す。
「ご報謝でございます」
 修験者たちは、 黙って 来た時と同じように立ち去っていった。

 門番は、 我に返って 紫苑に尋ねた。
「ありゃあ、 一体何だ」
「魔除けの呪文を 唱えてくださったのさ」
「なるほど、 何が起こるかわからない世の中だからな。
 魔除けが欲しいところだ。
 流罪になっていた 帝の弟君の弔いは、 国司様が出してくださるそうだ。
 端っこからでも 拝めるといいな。 あんた 流人屋敷に居た人だろ」

「そうだねえ。 でも 国司様の館じゃ 敷居が高すぎる。
 ここから せいぜいお見送りするさ」
「何であんな事になったのか知らないが、 お気の毒なことだ。
 お骨の切れっ端しか 見つからなかったそうじゃないか」
「酷い焼け方だったからねえ」
 紫苑は 会釈をして 屋敷の中に戻っていった。

 後ろを向いて、 細い目をくるりと回す。
 骨は 猟師に貰った猪だ。
 肉は、 ガジが 美味いと言って ほとんど平らげてしまった。
 さてと、 頼まれた文は渡した。


 修験者たちの声は 風に乗り、
 領主屋敷の奥深く、 白菊が横たわる部屋まで運ばれた。
 白菊は 床に臥せって目を閉じている。
 ゆっくり休ませたい と思ってか、 いつも傍を離れない土岐野の姿も見えない。

 ふと 障子の開く音に、 ぼんやりと目を開ければ、
 赤く染まった楓の葉が 一枚、 ひらりと胸に舞い降りた。
 目の端に なにやら煌びやかな色目のものがある。

「誰じゃ。 何をしておる」
 薄目のまま 面倒くさそうに問いかけると、 男の声が降ってきた。

「迷うたらしい。 迷子の子猫ちゃん と呼んでもらってかまわぬ」
「迷子…………。 わらわも 迷子じゃ」
「たどり着きたい所が あるのだね」
「…………」

「目指すところを持たず 彷徨(さまよ)う者を、 放浪者 もしくは流れ者という。
 彼らは 迷子にはなれぬ。
 迷子とは、 目的を持ちながら、 途中の道に迷った者のこと」

 優しい、 優しい声だった。



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