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くれないの影 第三章――11



 一日が長いのか、 短いのか、 白菊は 土岐野さえ下がらせて 部屋に居た。
 あと少し、 あと少しのはずだった。
 何もかも うまくいくはずだった。
 おのれ千種。 死んだ女に 歯噛みした。
 夕暮れが迫ろうとしているのも知らず、 一人座って 炎に焼かれていた。
 顔から肩、 腕、 手の甲に至るまでの左半分が、 ちりちりとした痛みをよみがえらせる。

 かたわらで しきりに顔を洗っていた淡雪が、 ふと 動きを止めて 白菊を仰ぎ見た。

 雨のしずくが 屋根にあたる音がし始めた。
 やがて 大きな水音になって 部屋ごと白菊を覆ったが、 炎は 静まる気配さえ無い。
 熱い奔流が 闇を追い払ったわけでもない。
 闇は 白菊と共に、 そこにあった。
 この雨が止んだら、 また 孤独が押し寄せそうで怖い。
 降り続けよ。 降り続けて 雨に閉じ込めよ。
 心の中で命令した。
 天の意向さえ 従わせようとしていた。

 白菊の命に従ったのか、 雨は衰えを見せることなく降り続いた。


        *    *    *


 雨は降り止まなかった。
 いつもの年であれば、 長雨の季節は もっと先のはずだったが、
 激しい雨が降り止まぬままに 四日が過ぎた。

 法要は 大雨の中で 執り行われた。
 雨雲に塗り込められた 薄闇の広間に、
 祭壇の揺らめく蝋燭(ろうそく)に照らし出された若い女領主は
 立派に 勤めを果たした。

 突然の葬儀の時よりも、
 一周忌法要の時よりも 領主らしくなった と参列した者たちが感嘆した。

 一番ほっとしたのは 土岐野だ。
 確かに この影は使える。
 しかし 問題は婿取りのほうだ。
 年に一度の葬祭事ではなく、 日々の暮らしの多くを いやでも影に任せることになる。
 のっとられても 文句を言えないばかりか、
 逆に 白菊の存在が邪魔にされる可能性さえ出てきたのだ。
 何とかしなくてはならないのは 分かっている。
 だが 方策も 説得の方法も 思いつかないまま悩んでいた。

 べっとりと左頬に張り付いた火傷の爛れが、 白菊を 日々食い荒らしていくようで、
 ほっとしたのも束の間、 今度は いやな汗が滲んだ。

 法要にかかわる行事のあれこれが 滞りなく進み、 夜が更け、
 真夜中を過ぎたあたりで、 ぴたりと雨が止んだ。


 先代領主の三回忌法要が 滞りなく執り行われて、 翌朝。
 射してきた日の光を、 白菊は 忌々しげに見やる。

「お屋形様、 惣右衛門様がお越しでございます」
「通せ」
 白菊が座につく。 御簾は下げられたままだ。

「ご法要も無事終えましたからには、 一刻も早く ご婚儀をすすめたいと思います。
 つきましては、 陽映様がいらっしゃるうちに、
 お二人で 国司様にご挨拶に出向かれてはいかがかと存じます。
 よろしゅうございましょうか」
「任せる」

「達磨坂殿と私とで 相談の上、 早々に婚儀の段取りをつけますゆえ、
 姫様は 陽映様と ご歓談などいかがでござろう。
 この庭は 水捌けが良うござる。 これだけ日が射せば、 じきに乾きましょう。
 雨できれいにぬぐわれた草木が生き生きとして、 ちょっとおすすめ
 …… いや、 これは余計なことを」

 惣右衛門は、 法要で見せた 変わらぬ白菊の様子に ほっとしたのだろう。
 つい調子に乗って、 久しぶりに 姫様と口走ってしまった。
 ひやりとする。 不機嫌にならねばよいが。
「よきに計らえ」
 返ってきた答えに、 思わず目を輝かせ、 いそいそと退室していった。

「土岐野、 影を」
 土岐野は 黙ってうなずき、 鹿の子を呼ぶ為に 立ち上がった。



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コメント
491: by ポール・ブリッツ on 2012/08/29 at 20:00:23

ここまで話の先が見えないと、どきどきしながら続きを待つしかできませんね(^_^)

翻弄されっぱなしです(^_^)

492:Re: ポール・ブリッツ様 by しのぶもじずり on 2012/08/29 at 20:07:35 (コメント編集)

大丈夫ですよ。
今、主人公の鹿の子が少しおかしくなっていますけど、最後にはちゃんと収まると思います。

主人公が出てこない場面が続いているので、作者としても、ちょっと不安ではありますが。
最後はまとめます!

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