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くれないの影 第三章――8



「お早いお着きにございますね」
 土岐野の言葉を無視するように、
 堅香子は 「大変でしたね」と 声をかけて入ってきた。

 若い頃から 押しの強い男だった現波止女家当主が、 是非に と強く求めただけのことはある。
 堅香子は 年を重ねた今も 充分に美しかった。
 さらに 娘の頃には無かった妖艶さも備わって 見るものを圧倒する。

 それに引き換え、 娘の日鞠は おとなしげに見えた。
 母親の後ろにひっそりと控え、 うつむき加減で座る。
 若い娘らしい 線の細さが感じられたが、
 さすがに母子だけのことはある。 よく似て 美しかった。

 娘を従えて乗り込んできた堅香子が、 眉をひそめて いきなり話し始めた
「うら若き乙女の身で領主になるなど、 どれほどの心労であろう。
 鳥座の男どもは なんとむごいことをするものじゃ。
 この叔母が 後ろ盾になって支えましょう。 頼りになされませ。
 これからは 何事も相談に乗りましょうぞ」

 言葉はよく似ているが、 陽映と堅香子の言っていることは 大きく違っている。
 陽映は 白菊の領主としての立場を認めたものだが、 堅香子は それらを露ほども認めてはいない。
 土岐野は こっそりと眉をひそめた。

「御簾の陰に怯える暮らしは終わりじゃ。 土岐野、 御簾を上げよ」
 堅香子は、 土岐野に命じた。
 土岐野には 従う気はいささかも無い。
 知らん顔をしている。
「何をしておる。 早う上げぬか」
 叱りつけるように言う堅香子を、 土岐野は 一顧だにしない。

 御簾内から 不機嫌な声がした。
「叔母上、 この屋敷の主は わらわじゃ。 家人どもは わが命に従っておる。
 保奈(やすな)、 お客人を 客間に案内(あない)せよ。
 お疲れであろう。 伯母上、 ごゆるりとくつろがれませ」

 絶句した堅香子の後ろで、 日鞠が 丁寧に頭を下げる。
「お姉さま、 お初にお目にかかります。
 従妹の日鞠でございます。 お見知りおきくださいませ」
「鳥座の領主、 白菊じゃ」
 取り付く島も無いとは このことだろう。
 それきり何の反応も無いまま、
 半ば追い立てられるように、 遠方の客を泊めるための部屋へと案内されていった。


 別の部屋では、 一息ついた陽映が 縁側から庭に降り立った。

 同行してきた側近には 用を言いつけたので、 一人きりだ。
 土塀に遮られて 眼下は見下ろせないが、 周囲の山々が見渡せる。
 深い山々に囲まれた土地だということが よく分かる。
 付いてきてくれるという側近たちはいるものの、
 頼りになる血縁者はもちろん、 幼いころからの友や知り合いとも離れて、
 見知らぬ土地の 見知らぬ人々の間に飛び込んで暮らすには、
 少なからず 勇気を必要とした。

 女人は凄い と改めて思う。
 多くの女は 当たり前に嫁いで、 見知らぬ土地だろうがなんだろうが 何処へでも入ってゆく。
 陽映たちの母も、 穏やかで優しく、 決して強そうには見えないひとだというのに、
 他国から嫁いで、 今や 鷹巣家に太い根を下ろしている。
 先祖代々住んでいる男どもより よほど深く根を張り巡らせている感すらある。

 陽映が早めにやって来たのは、 少しでも馴染もうとしてのことだった。
 遥かに続く稜線と たそがれ色に変わり始めた空を眺めながら、
 そこに 己の心を広げようと 大きく息を吸い込んだ。


 ふと、 泣き声が聞こえた気がして 首をめぐらせる。
 庭のはずれ、 柘植(つげ)の木に向かって立ち、 袂(たもと)を目に当てている娘がいた。



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コメント
477:お嫁になんか・・・・ by 夏音 on 2012/08/26 at 18:16:32 (コメント編集)

おっしゃるとおり、他家に嫁ぐということは、すごいことです
わたしにようなワガママな人間にはとてもできません

昔の人はスゴイですねぇ
親が決めたひとと、一度も会わずに結婚したりして

わたしはお嫁になんて行かないと今から決めております・・・・って、その前に声がかからねーや!?

479:Re: お嫁になんか・・・・ by しのぶもじずり on 2012/08/26 at 22:34:39 (コメント編集)

夏音さんこんばんは

> わたしはお嫁になんて行かないと今から決めております・・・・って、その前に声がかからねーや!?
結婚してもしなくても、現代ならどっちでもいいとは思います。
つまんない妥協なら、しない方が良いです。
でも、人生、何が起こるか分かりませんからね。
先々の事は、早まって決めてしまわなくても良いと思いますよ。

夏音さんなら、どんな土地でも たちどころに根を張りそうな気もしますけど。
3センチの植木鉢で 樹を育てられる人ですし。(あれ? ちょっと違うかしら)

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