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くれないの影 第三章――4



 牛車の轍の音が 遠ざかってゆく。
 かき回された屋敷の雰囲気が、 ようやっと落ち着きを取り戻し始めた。

 押しかけてきた日の翌日、 綺羅君から 歌を添えた文が届いたが、
 無論、 白菊は けんもほろろに破って捨てた。
 それでも 牛車はやって来た。
 文の返事もくれない相手に しつこく通う都人など 聞いたことも無い。
 流罪になるわけだと、 妙な納得の仕方をしてしまう領主屋敷の人々だった。

 二度と奥には入れるな という白菊の言いつけを守ろうとして、
 家人たちは 防衛線を敷いた。
 念のために、 万が一に備えて 鹿の子が御簾の内で白菊になる。
 そんなことが 幾度か繰り返された。

 何度目になるだろう。
 牛車の音が近づく度に、 鹿の子は白菊に入れ替わる。
 一度 白菊になる度に、 少しずつ 鹿の子から白菊に近づいてゆく。
 三日にあげず繰り返される あわただしい日々のうちに、
 鹿の子は ますます白菊の影になり、 影は 本体に寄り添うように同化していった。

 鹿の子の意識が 次第に曖昧になってゆく。
 いつの間にか、 逃げ出そうとしていたことなども忘れてしまった。
 軽業師だったことも、 孤児であることも どこかに行ってしまった。
 ほとんど覚えていない。
 ひたすら白菊の影を務めることが、 当たり前の日常になっていった。
 お気楽な軽業師の娘の姿は、 ほとんど残っていない。

 いつの間にか、 どこかに…… 消えた。


 平題箭(いたつき)謙介が来て、 御簾に向かって報告した。
 お帰りになられました。
 ……が、 困ったことに
 宮様は通りすがりの幼い下女から 賄(まかな)いの老婆にまで 気安くお声をかけられます。
 女どもが…… 中には男も、 懐柔されそうな勢いで、 先行きが案じられます」

「手引きなどさせぬよう、 きつく諌(いさ)めておけ。
 危(あや)うい者は 屋敷から追い出せ」
 冷ややかに返った声に、 平素と変わりなく 平題箭は平伏して退室した。

 お屋形様―― と言いかけて、 土岐野が危うく口をつぐんだ。
 御簾の陰に居るのは 鹿の子だ と思い直した。
 繰り返し身代わりを務める『影』は 日々に凄みを増して、
 左頬を確かめずには落ち着かないほどになっていた。

 何処で覚えたものやら、 芝居がかった物言いを、
 尊大で冷ややかな 白菊のものに仕込んで 教えたのも 確かに土岐野だったはずだ。
 それが 思わず頭を下げてしまうまでの迫力で響く。

 ――使いすぎている気がする。

「下がってよい」
 わざと言い捨てるように しぼり出して、
 土岐野は 本物の白菊が居る 奥の部屋に逃げた。
 その後姿を 冷たい視線が一瞥する。



 その日、 いつものように連れ出しに来た五葉を 『影』が呼び止める。
「五葉、 この部屋を お屋形様の部屋と同じにせよ」

「えっ、 ああ、 はい。 では 土岐野様に申し上げて、 ご相談します」
 五葉一人では 逆らい難くなっていた。
 これは『影』だ。 お屋形様じゃない。 と 自分に言い聞かせなければ、
 うっかり 何でも言うことを聞いてしまいそうになる。

「命令じゃ。 急ぎ整えよ」
 もはや 五葉は、 否定の言葉を思いつくこともできなかった。
 『影』は 視線一つで 黙らせる術を覚えていた。



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<おまけ>
   綺羅君が白菊に贈った歌―――白菊が見もせずに破り捨てた。


        鄙離る 小野の深草 ふみわけて

           百夜かよはむ  白菊のさと


※注   鄙離る(ひなざかる)―――都から遠く田舎に離れる
     小野の深草―――小野の小町に 百夜通うと誓った深草少将にかけてみた



 いたずらで和歌を詠んで見たのですが、素養も無く、
 ファンタジーの世界なので、小野小町も深草少将も出すわけにもいかず、
 諦めて、白菊に破り捨ててもらいました。
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コメント
469:8ビートだ! by 夏音 on 2012/08/23 at 10:09:54 (コメント編集)

こんにちは
いつも楽しませていただいております

わたしのような素人が言うのもなんですが・・・・

文章にもストーリーにもリズムがあって、ステキです

日本の古典の文体にはビートがありますよね
それの現代版て感じがします

今日も楽しみにしています

470:Re: 8ビートだ! by しのぶもじずり on 2012/08/23 at 11:04:24 (コメント編集)

夏音さん こんにちは

古典の文体と言われるほどのものではないですが、
確かにビートが欲しかったんだと思います。
このコメントを頂いて、改めて気がつきました。

ズシンとくる鋭い切れ味の文章で、軽やかな物語が書ければ嬉しいな♪
道は遠いかもしんない。ww

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