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クロウ日記 十(完)

 やっと 王宮に平穏が戻ってきたある日のこと、
 中務卿の執務室にやってきた者がいた。

 執務室には 人気がなかったが、 それを気にもせず入っていく。
 カタカタ、 バサバサ、 と音を立てて しばらく何かをしていたが、
 それが終わると 部屋の中を見回し、
 おもむろに 書類戸棚の扉を開けて 覗きこんだ。

「クロウ様、 何をしておいでなんです」
「沈思黙考」
 中から 返事が返る。
「出ていらっしゃいませんか。 お茶を入れます」

 クロウが 戸棚から這い出しざまに言った。
「カケル、 せっかくの髭を 剃ったのか」
 やはり 腕をつかんで引き寄せての 一言だった。
 言われたカケルは、 久しぶりに どぎまぎする。
 むき出しになった顔が 赤くなっているのが 丸見えだ。
「ふん、 髭が無いと ますます間抜けな面だ。 とんと真昼に出た月のようだ」

「あ、 あのう、 お茶を……」
 無理やり体を引き離して カケルがお茶を入れ始め、 クロウは腰を下ろした。

 閑散と片付けられていた執務室に、 二つのものが 増えていた。
 大きな花瓶いっぱいのとりどりの季節の花と、
 小さな花瓶に挿した 草笛用の葉っぱである。
 クロウが気づいたことを見定めて、 カケルが にこりと笑った。

「掃除のしすぎは 殺風景でいけません。
 花びらが何枚か 散らかっているくらいが 風流です」
「…………そうか、 風流を解するようになったのなら、 大臣になってもやっていけよう。
 我慢した甲斐があった」

 今回集めた膨大な不正の証拠は、 カケルが 大半を隠した。
 全部を立件すれば 王宮の運営に差しさわりが出る ということもあるが、
 わざわざ罪に落さなくとも 何とか 方法はありそうに思えたからだ。
 放っておくわけにはいかないから、 手を打たなければならない のは同じだが、
 罪人を増やせばいい というものでもない。

 しかし、 それには 一つ どうしてもしなくてはならないことがある。

 くすぐったそうな顔で カケルが お茶を差し出した。
「どうぞ。 クロウ様のおかげです。
 以前の私は、 真面目一辺倒で 余裕がありませんでした。
 今の私は 融通無碍(ゆうずうむげ)、
 酸いも 甘いも 試しに齧ってみる余裕が 出来たように思います」
「おっ、 茶を入れるのも 少しは上達したようだ」

 お茶を飲み干したクロウの腕に そうっと手をかけ、 カケルのほうから近づいた。
 クロウは わずかに目を見開き、 面白そうな表情を浮かべる。

「そこで お願いがあります。 私の濡れ衣も 晴れました。
 王宮勤めに戻りたいのですが、 お力を貸していただけますか」

「よかろう、 引き受けた。 何処の職が良い」
「中務省に……。 ここにおいてください」
「……」
 カケルが さらに顔を近づけた。
「引き受けたと仰いました」

「いいのか。 ここにいたら 太政官参議になる資格が 取り難い。
 大臣にはなれぬ」
「大臣なら 他にもなり手がございましょう。
 ですが、 クロウ様のお守りは、 憚(はばか)りながら 私が適任と思います」

「ふっ、 やっと私のものになるか」
 今度は クロウが カケルの腕に手をかけて 微笑んだ。

「ああーっ、 いけない、 忘れていました」
 突然のカケルの大声に、 何事か とクロウが驚く。
「病気を命じた小役人に、 治っても良いと言っておりません」
「ああ、 まめに業務日報を書いていた男か。 まだ引きこもっておるのか」
「日記です」

「あれが日記?  日記なら私も書いているが、 どう見ても あれは日記とはいえぬ」
 カケルは 目をしばたいた。
 クロウと日記が 結びつかない。
 いったい何を書いているのだろう。
 考えてい ることも 行動も 予測不可能なクロウである。
 日記を読めば 少しは 理解出るかもしれない と考え、 にわかに 興味をそそられた。

「クロウ様が 日記ですか……」
「見たいか」
「はい、 あっ、 いいえ」
「ふふふ、 カケルならば 見せても良い。 どうせ そなたのことばかりだ。
 毎日カケルが何をしたとか 何を言ったとか、 どんな報告をあげてきたとか……」

「あのう、 それも 業務日報では……」
 クロウは、 むっとした顔をした。
「違う。 明らかに 日記だ」
 腕をつかんでいた手を ぐいと引き寄せ、
 近頃さらに美しさを増した顔を 触れんばかりに近づけて、
 真剣な目で 宣言する。
「わ、 分かりました。 では 私はあの男に使いを……」

「捨て置け。 もう少し ここにいろ」

 マホロバ王国に 爽やかな季節が 巡ってくる。

                                   


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コメント
15: by lime on 2012/04/24 at 01:24:07 (コメント編集)

変わり者だというクロウ。
いやいや、とても賢くて可愛い人です。
クロウの書いた日記が読んでみたくなりました。

優しくて賢くて忠実なカケルが、最終的に手元に残ってくれてよかったです。
物語は終わっても、まだまだ、クロウの密やかな(カケル)日記は、続きそうですね。

16:Re: タイトルなし by しのぶもじずり on 2012/04/24 at 15:56:34

> 変わり者だというクロウ。
> いやいや、とても賢くて可愛い人です。

ありがとうございます。
カケル限定で、けなげです。他の人間にはどう対処しているのかわかったもんじゃありません。
なにしろ、ひどい目に会った人たちが、ほとんど登場していませんから。

> 優しくて賢くて忠実なカケルが、最終的に手元に残ってくれてよかったです。
> 物語は終わっても、まだまだ、クロウの密やかな(カケル)日記は、続きそうですね。
これからカケルは もっと賢くなっていくはずです。

読んでいただいて、ありがとうございました。

118:拝読させていただきました! by fate on 2012/06/01 at 15:33:39

おおおおおうっ!
クロウ王子、信長のような人だ。

何を考えているのか分からない大物ってそそられます~
結局、凡人には理解できないのが器の大きな人間であろうと思えるので。

フフフフフ。

これは、大変、気持ちよく拝読させていただきました。
なかなか爽快で、そして、

>手を打たなければならない のは同じだが、
 罪人を増やせばいい というものでもない

↑これ、いたく頷きました。
その通りだと思います。カケルくん(?)の有能さと共に、その人間としてのまっとうさに感動いたしました。
ヒトは闇を抱えているもの。
それを、責めるだけじゃダメなのさ。
そこに光を当てて闇を薄めてやらないとな。

これ、どっかで怪しいハナシを見たけど、信長と蘭丸のようだ。
fateが戦国武将で好きなのは信長でした。


119:Re: fate様 by しのぶもじずり on 2012/06/01 at 18:09:13 (コメント編集)

の……信長ですか!
大物が出てきましたね。

お気に召していただけたなら、とてもうれしいです。
このブログの最初に掲載した作品なので、好評を頂くと、やる気が出ます。

毎日更新しようとすると、思っていたより大変だ と今頃気づきました。
そろそろ疲れが出てきていました。(早いな)                       頑張るぞ。

259: by LandM on 2012/07/08 at 17:54:06

おおう、最後まで読みきりました。
やはりクロウがカッコよいですね。
利発で色々考えているところが素晴らしいです。
また他の作品も読ませていただきますね。

260:Re: LandM様 by しのぶもじずり on 2012/07/08 at 18:24:49 (コメント編集)

ありがとうございます。
作者の私も クロウは気に入ってます。(あたりまえか)
「赤瑪瑙奇譚」は、クロウの姪が主人公になります。
クロウは出てきませんが、そちらも気に入って頂けると嬉しいです。

277:視点がいいですね by じゅべ です on 2012/07/11 at 18:54:16

今週は、クロウ日記読ませていただきました。
物語の展開も登場人物も魅力的だと思います。
いいお話ですね。
一番良かったのは、主人公の視点(イコール作者の視点)。
それにとてもコトバがいいです。
しのぶさま語彙が豊富ですよね。
これからも、期待まんまんです(^-^!

278:Re: 視点がいいですね by しのぶもじずり on 2012/07/11 at 20:02:26 (コメント編集)

じゅべ様いらっしゃいませ
じゅべさんのブログから帰ってきたところです。
毎度ほめて頂き、ありがとうございます。

> しのぶさま語彙が豊富ですよね。
あざーす。類語辞典が欲しいと思いながら、時に七転八倒しています。(早く買えよ!)

279:ハッピーエンド by 白アリ on 2012/07/12 at 16:30:06 (コメント編集)

読ませていただきました。

クロウさんの性格で日記をつけていたのが意外でした。
(でもタイトルがそうですよね、うっかり)
掴みどころのない、ミステリアスな感じですものね。
出会ってからカケルにひかれたいきさつが、そこには書かれているんですかね~ちょっとにやにや♪

ユキアは姪っ子さんだったんですね!

280:Re: ハッピーエンド by しのぶもじずり on 2012/07/12 at 18:07:41 (コメント編集)

白アリ様こんにちは

> クロウさんの性格で日記をつけていたのが意外でした。
> (でもタイトルがそうですよね、うっかり)
そこは、うっかりして頂いていいのです。ミスマッチな感じが出ていましたでしょうか。
ニヤニヤして頂けたようで、嬉しいです。

> ユキアは姪っ子さんだったんですね!
はい、番外編を先に出しちゃった感じになってしまいました。

302:クロウはカワイイ by 夏音 on 2012/07/17 at 15:12:37 (コメント編集)

こんにちは

クロウさん、いいですね!
うつけ者の振りして実は切れる人って好きなんです・・・・

クロウさんは、冴えれば冴えるほど、結末の可愛さが際だって、とっても魅力的です

一種のツンデレ・・・・男性もツンデレっていうのかな?

魅力的な主人公ですからぜひ続編をお願いします

「赤瑪瑙奇譚」にも登場願いたいところですが・・・・

303:Re: クロウはカワイイ by しのぶもじずり on 2012/07/17 at 15:52:07 (コメント編集)

夏音様 いらっしゃいませ
クロウを気に入って頂いて、うれしいです。
ツンデレというより、ものすごく分かりにくい デレですかね。

> うつけ者の振りして実は切れる人って好きなんです・・・・
私も好きです。「赤瑪瑙奇譚」では、残念ながら 出番がありませんでした。

692: by 西幻響子 on 2012/10/15 at 07:32:44 (コメント編集)

はじめまして、西幻響子と申します。
私のブログに来てくださり、ありがとうございます。

とても不思議な空気の流れている小説を書かれますね。
新鮮に感じました。
クロウが子供のような素直さと無邪気さを持っていて可愛いです。
カケルが惚れるのもわかります。

695:Re: 西幻響子様 by しのぶもじずり on 2012/10/15 at 12:17:50 (コメント編集)

はじめまして。拙ブログに来て頂いて、こちらこそ ありがとうございます。

「ロックンロール・ヘイズ」をはじめから読ませて頂いています。
まだ途中なので、また伺います。活きの良さげな男の子たちが出ていて、面白いです。

1044: by デジャヴ on 2013/01/16 at 20:56:37

こんばんは。
またも一気に読んでしまいました。文章と物語に引き込まれているのでしょう、時間を忘れて読み耽ってしまいました。あと、舞台がドストライクでした(←またか)
とても面白い作品でした!
クロウも素敵ですが、特にカケルの人となりにとても惹かれました。未熟な部分もありつつ、という所が身近に感じますね。
楽しかったです、また読みに来ますね♪

1045:Re: デジャヴ様 by しのぶもじずり on 2013/01/16 at 22:07:48 (コメント編集)

ありがとうございます。
あと一球で三振ですか? ストライク取りたいです。

楽しんで頂けたみたいで嬉しいです。
oh! カケルに一票入りました。

またのお越しをお待ちしております。

1251:面白かったです! by モモ太 on 2013/04/12 at 21:45:44 (コメント編集)

先日は拙ブログへ遊びに来ていただき、ありがとうございました(^v^)
ファンタジー大好きなので、とってもワクワクドキドキして読ませていただきました。
キャラがとても魅力的ですね!
他の作品もじっくり読ませていただきます♪

1252:Re: 面白かったです! by しのぶもじずり on 2013/04/12 at 22:38:28 (コメント編集)

モモ太様いらっしゃいませ。

そちら様とは逆に、BLサイトでもないのに、ちょっぴりBL風味にしてみました。
また読みに伺います。
コメントをありがとうございました ♥

1501:はじめまして~☆ by なな on 2013/07/22 at 22:46:52 (コメント編集)

しのぶもじずりさん、いつも遊びにきてくださって、ありがとうございます。
クロウ日記読ませていただきました、
とても爽快!
タンタンタンと端的な言葉でどんどん物語が進んで、短気な私にぴったんこ☆
しかし、みんな美しいものが好きなんですね・・・。
かくいう私も好きなんですけどね(^x^
お話楽しかったです、ありがとうございました☆

1502:Re: はじめまして~☆ by しのぶもじずり on 2013/07/23 at 14:13:11 (コメント編集)

なな様、いらっしゃいませ。

ななさんは短気なのですか。
私は短気というより、あわてんぼでしょうね。
書かなきゃいけないところをすっ飛ばして、あとから足したりします。

絵と違って文章ですから、美しいと書いてしまえば良いのは、楽です。

コメントをありがとうございました。励みになります。

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とりあえず女です。
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