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くれないの影 第二章――8



 白菊姫の日常は 動きが少なく、 真似るのは難しかった。

 鹿の子が通されていた部屋は、 謁見の間だったらしく、
 御簾の後にある私室と 謁見の間だけが行動範囲だった。
 白菊の部屋は さすがに広く、
 障子を開ければ、 洒落た濡れ縁と広々とした庭もあり、
 目隠しになる土塀がめぐらせてあったが、 白菊が庭に出ることはない。

 その上、 土岐野は 多少とも意識して動いていたが、
 白菊姫は 幼い頃から姫として躾けられてきたのだろう。
 無駄の無い所作ながら 自然体で動いている。
 思ったよりも難題だった。

 御簾越しではあるが、 会いに来る人間も ほとんど限られている。
 常に控えている土岐野は別にして、
 領内を取り仕切る実務をこなしていた 鳥座(とぐら)惣右衛門(そうえもん)という四十歳ほどの男が
 一番良く出入りしていて、 報告をし、 白菊の指図を受けにやってきた。
 名前から分かるように 一族の者だ。

 鹿の子を連れてきた男たちの一人 平題箭(いたつき)謙介が呼びつけられて来る他には、
 郎党らしい者が 一度来たにすぎない。
 誰が来ても 御簾の中から話を聞き、
 座って淡雪(あわゆき)という名の 白猫を撫でているだけだ。

 自室でも 黒漆の机で書き物をするくらいで 飛んだり跳ねたりすることは 無い。
 鹿の子は、 もっと動いてほしい と注文したが、 きれいに無視された。
 紅王丸のことも 何一つ分からないままに 日が過ぎていった。


 ある日、 何を書いているのか気になって、 鹿の子は 机の上を覗こうとしたが、
「おまえは 読み書きまでおぼえなくとも良い」
 じろりと睨まれた。

 白菊は 旅の軽業師に読めるとは 思っていなかった。
 ただ うっとうしくて 制止したのだ。
 しかし、 案に相違して 鹿の子は そこそこ読み書きが出来る。

 囃子方(はやしかた)の権佐(ごんざ)は、
 笛でも 太鼓でも 琵琶でも およそ音の出るものは 何でもこなしたが、
 読み書きと計算も 得意だった。
 鹿の子と隼人は 旅の徒然に 教えてもらっていたのだ。

 他の座員は無筆(むひつ)で、 座長の藤伍も 全く読み書きが出来なかったが、
 一度見聞きしたことは 何でも覚えていて、 一座を率いるのに なんら支障は無かった。
 書き留めておかないと 大事なこともすぐに忘れる権佐より、
 藤伍のほうが 断然頭が良くてかっこいいと思ったが、
 鹿の子には無理だったから 教えてもらうことにしたのだ。

『おいら 頭が悪いから、 覚えなくていい』 と逃げる隼人に、
『馬鹿ねえ、 頭が悪いから勉強するんじゃないの。
 親方みたいに賢かったら、 する必要がないのよ』 と巻き込んだ。
 おかげで よほど難しくなければ、 たいがいのものは読める。
 ――鹿の子は 白菊にとり憑(つ)いた。

 白菊は まず日付を書いた。
 鹿の子は 日記かと思い、 後ろめたくもあったが 期待した。
 口には出さずとも、 弟の紅王丸のことを書かないだろうか と考えたのだ。
 しかし、 領内の状況と 出した指示を書いてゆくのみ。 政(まつりごと)の覚書だった。
 がっかりすると同時に 不思議な違和感が残った。

 それまでは 動きに注意を払っていたから、 心の状態に気がつかなかったのだ。
 鹿の子は 違和感の正体が気になった。

 惣右衛門が来た。
 領内で起こった揉め事が 報告された。
 張本人を捕らえたので 罰を下すという。

 白菊は 淡雪を膝の上で撫でながら 聞いていたが、
「処刑せよ。 公の場で 首を刎(は)ねよ。 見せしめになる」
 なんでもない事のように 言い放つ。
 鹿の子は驚いて、 思わずとり憑いてしまった。

 白菊の手は いつもどおりに 淡雪を撫でている。
 あまりに いつもどおりの動きだった。 発した言葉の残滓(ざんし)も無い。
 白菊姫の心の中には 何も無かった。
 だが、 全てを押しのけ押しつぶす 圧倒的に濃密な何か に満ちていた。
 周囲の人間たちを畏怖させるものの正体が それだろう。
 おそらくは 闇。

 しかし、 まだ何かがある。
 奥底に押しつぶされてなお、 火事場の熾(お)き火のように燃えるものが、
 封印を解こうと悶(もだ)えている。
 見極めようとして とどまった鹿の子は、 濃密な闇に取り込まれそうになった。
 抜けなくては 危ない気がする。
 が、 出口が見えない。

 技を使いすぎたのだろうか。
 短期間に続けて使ったのは 初めてだった。 気をつけなくては……。
 必死に 出口を探した。


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コメント
426: by lime on 2012/08/14 at 18:28:05 (コメント編集)

白菊も、謎の多い姫ですね。
そもそも、なぜそうまでして影がほしいのか。
今のような生活だったら、必要なさそうに思えるのに。

それにしても、鹿の子。
抜け出せなくなったらピンチですよ。
一生白菊の中とか、辛そう・・・。

427:Re: lime様 by しのぶもじずり on 2012/08/14 at 18:53:23 (コメント編集)

> そもそも、なぜそうまでして影がほしいのか。
> 今のような生活だったら、必要なさそうに思えるのに。
そうもいかないんですよ。いろいろとね。
これから、経緯がだんだんと明らかになっていくはずです。(だいじょうぶか?)

さあて鹿の子、どうなっちゃうんでしょうね。
主人公ですから、何とかします。

いたらないコメ返しで すいません。

457:御無沙汰です by 十二月一日 晩冬 on 2012/08/19 at 16:36:55

おお――こんなに貯まっていたなんて(汗)
でもまだ第二章でよかったww
ここから盛り返します!

それにしても白菊……謎のお方や

458:Re: 御無沙汰です by しのぶもじずり on 2012/08/19 at 17:55:02 (コメント編集)

晩冬さん いらっしゃい
体は大丈夫ですか?
まだ残暑が続いています。油断しないで養生しましょうね。(おかんか)

いよいよ第三章に入りました、暑さに茹りながら更新しています。

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