FC2ブログ
RSS

くれないの影 第二章――3



 次第に目が慣れてきた鹿の子は 目を見張った。

 はじめは 若い女に見えた。
 薄暗がりの中でさえ 浮き立つほどに白い肌の その人の顔は 長い黒髪に縁取られ、
 はっとするほどに 美しかった。
 白地に 楓の葉を散らした模様の袿(うちぎ)を 肩から羽織っている。

 楓葉の模様は、 明るいところで見たら さぞ鮮やかな緑色をしていることだろう。
 右肩に近い一葉だけが ほんのりと紅葉して、 一部が 暗い赤に見えた。
 立ち姿も艶(あで)やかで 美しい女人に見えるが、 先ほど聞こえた声は 明らかに男の声だ。
 他に人がいない以上、 この人物の声に違いない。

「誰?」
「鹿の子」

 再び問われて、 鹿の子は 久しぶりに名を口にした。
 土岐野も 五葉も 名前を呼ぶことは無い。
 昨日などは、 五葉に『影さん』と呼ばれた。
 自分の名前が 懐かしかった。

「鹿の子……姉上に、 今は お屋形様と呼ばれているのだったね。
 そう、 まるで、 生き写しだ」

「そんなに似ていますか。 でも、 すぐに気がつきましたよね」
「動きがまるで違う。 それから 雰囲気も……」

 自分が お屋形様の身代わりにされようとしていることは 気がついていた。
 小言の合間に 『お屋形はそんな無様(ぶざま)なことはなさらない』、
 と 土岐野の口から出たことがあったのだ。
 何故 そんなことをするのか 理解できないながら、
 それでも毎日 小言に耐えて練習したのに、 まるで違うといわれたことは、 少しがっかりだった。

「姉上と仰るところを見ると、 お屋形様の弟君なのですね」
「屋敷に居ながら 聞いていないのか。
 忘れられているらしい。 すでに 居ないことになっているのやも知れぬ。
 白菊の弟、 紅王丸(べにおうまる)だ」

 紅王丸は うっすらと微笑んだ。
 しかし その笑顔が 寂しそうにしか見えない。

「何をしに此処へ?」
 問われて、 鹿の子は やっと思い出した。

「鴉に 大事な簪(かんざし)を盗られて、 追いかけたら この中に入りました」
 鴉は 紅王丸の足元に居た。
「寿々芽(すずめ)が運んできた簪は そなたの物だったか」

「いえ、 すずめではなく、 鴉です」
 紅王丸は戸惑った様子で、 足元の鴉を見る。

「この鴉に名を付けた。 寿々芽という名では おかしいか……」
「はい。 ややこしいと思います」
 鹿の子の返事に 微笑んだようにも見えたが、 やはり 悲しい顔にしかならなかった。

「もう、 付けてしまった。 ……どうしよう…… 寿々芽」
 まるで相談するかのように 鴉に目を落すと、 カァーッと返事が返った。
 自分の名前が 気に入っているらしい。
 名前を変えるのは 手遅れだ。

 紅王丸は 格子戸に近づき、 間から 簪を差し出した。
「すまなかった。 寿々芽は こういう物が大好きなのだ」
 近くで見ると 圧倒されそうに 美しい。

 簪を受け取った鹿の子は すぐに立ち去る気にならず、
 簪を もてあそびながら 訊いてみた。

「あのう、 男の方なのに 何故袿を?」


戻る★★★次へ

トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
406: by amblue on 2012/08/09 at 08:41:43

続き楽しみです^^♪

408:Re: amblue様 by しのぶもじずり on 2012/08/09 at 11:19:33 (コメント編集)

> 続き楽しみです^^♪
暑いですけど、がんばりま~す。

▼このエントリーにコメントを残す

   

プロフィール

しのぶもじずり

Author:しのぶもじずり
とりあえず女です。
コメントを頂けると、うれしいです。

最新記事

最新コメント

カテゴリ

検索フォーム

いらっしゃ~い

らんきんぐ

よかったら押してね
 にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ にほんブログ村 小説ブログへ
 

リンク

このブログをリンクに追加する   リンクフリーです

おきてがみ

FC2以外のブログからお越しの方、クリックで足跡が残せます。
「ことづて」は機能していませんので、ここにはコメントは残せません。

RSSリンクの表示

QRコード

QR

月別アーカイブ

フリーエリア