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短編  早見先生 (六)


 私たちは、こっそりとロシア兵をロ助と呼んでいた。
 まあ、馬鹿にした言い方だな。

 大胆な奴がいて、ある時大声で「おーい、ロ助」と言いやがった。
 わあっと思ったが、
 ロシア兵は「ンフー」と機嫌良く返事をした。
 ロシア語で、ロシア人を「ロフスキー」というんだ。
 聞き間違えたんだろうな。
 ちょっと発音が悪いな、くらいに思ったのかもしれない。
 それからは、みんなでロ助と言い放題だった。


 便所掃除の他に、倉庫の整理や資材の出し入れもした。
 その場合には、見張りの兵士が付いた。
 悪さをさせない為だろう。

 ある日、見張りの目を盗んで、真鍮のパイプをくすねた。
 短く切って、丁寧に磨くと、指輪の出来上がりだ。
 若いロシア兵に、「金の指輪だ。安く売ってやる」と持ちかければ、売れた。
 田舎から徴兵されて、故郷には恋人や妻が待っていたのだろう。
 純朴な若者たちは、良いカモだった。

 くすねた分は全部売れてしまい、材料が無くなった。
 真鍮のパイプを手に入れたい。
 倉庫から持ち出したいが、見張りが居る。
 見張りの隙をうかがおうと、仲間と相談した。
 日本語なら、分からないはずだった。
「真鍮のパイプを万引きしよう」

 そうしたら、見張りの兵士が怒り狂って追いかけてきた。
 必死に逃げた。
 奴は、日本語が分からないはずだ。
 しばらくは謎だったが、やがて、謎が解けた。

 「マンビー」は、「盗む」という意味だった。
 「万引き」を「マンビー」と聞き違えたのだ。
 「盗もうぜ」と言えば良かった。

 おかしなもので、
 相手が日本語を分からないと知っていながら、
 「盗む」という直接的な言葉を使うことに、ためらいがあったのだと思う。
 心に負い目があって、墓穴を掘った。

 使いどころの無いロシア語をまた一つ、生徒たちは覚えた。


 月日は流れ、二年十三組の生徒たちは、全員無事に進級し、卒業していった。
 さらにその二年後、
 早見先生が亡くなったという風の噂を聞く。
 病死だった。

 二年十三組の生徒だった子どもたちは、成長して大人になり、
 過ぎてゆく人生の途中で、ふと思いだす者が出る。

 天に両手を突き上げたりする。

 ヨイサーッ


    ——— 了 ———


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コメント
4474: by 声なき声 on 2020/08/08 at 03:26:11 (コメント編集)

楽しく読ませていただきました。
かの国との文化や慣習の違いまで垣間見ることができ、読み応えのある作品であったと思います。
 
とりわけ、ソ連軍の女性兵士が日本人捕虜のいる前でも平気で排泄行為に及んだというのは、米軍に捕虜になっていた人からも聞いたことがありました。
彼らにとって日本人は、黄色いサルであったのだとあらためて感じました。
 
なお、作品としてのストーリー展開の巧みさには、心からの敬意を表します。
再度の企画を心待ちにしております。
ありがとうございました。

4475:名短編。 by ☆バーソ☆ on 2020/08/08 at 07:22:36 (コメント編集)

うーん、いい終わり方です。
面白いエピソードがあって、
(こういう話に付き物のロ助の悪口がなくて)
人生の悲哀のようなものを感じさせて、
ちょっとにこりとさせて、終わる。
うまいもんです。感心させられました。

 まあ、馬鹿にした言い方だな。
 使いどころの無いロシア語をまた一つ、生徒たちは覚えた。」
 成長して大人になり、 過ぎてゆく人生の途中で、ふと思いだす者が出る。
 天に両手を突き上げたりする。
 ヨイサーッ」

のフレーズが特に、良いさー。(笑)

4476:Re: 声なき声様 ズドラーストウィーチェ(こんにちは) by しのぶもじずり on 2020/08/08 at 09:49:40 (コメント編集)

楽しんでいただけたなら良かったです。
お褒めの言葉を頂き、とてもうれしいです。

この話を書くのに、かなり時間がかかりました。
しばらくは、また雑文になりそうです。
書くのが遅いのです。てへっ

4477:Re: 名短編。 by しのぶもじずり on 2020/08/08 at 10:04:58 (コメント編集)

☆バーソ☆様 過分な評価を頂き、恐縮です。

> (こういう話に付き物のロ助の悪口がなくて)
そこを分かっていただけてうれしいです。

ラストは何度か書き直しました。
最初は、
 早見先生は、自分が見聞きしたことは語ったが、
 あからさまな悪口は言わなかった。
みたいなことを、うっかり書いてしまって、違うなと思いました。
台無しだと思いました。

登場人物の<気持ち>を書いてしまうと、この物語にはなりませんでした。
収拾がつかなくなります。
そこは上手く避けられたと思います。

そんなこんなで、天突き体操がエンディングになりました(笑)

4478: by sado jo on 2020/08/08 at 14:29:02 (コメント編集)

チャンコロ(中国人=今はチャンコロナ)、チョナソー(朝鮮人)、ロ助(ロシア人)…最近は懐かしい言葉をよく耳にします。
インターネットを世界に広めた人は、それによって人類が纏まる事を希望した訳ですが、現実には却って分裂が加速する事になりました。
生物学の知識を持たない電子技術者には、同じ種に属する者は「相手を殲滅淘汰して上位に昇る」と言う優生本能がある事を知らなかった。
世界を覆ったインターネットによって「食うか食われるか」「淘汰するか淘汰されるか」…のジュラ紀・白亜紀の新恐竜時代がやってきたのです(笑)

4479:Re: sado ji様 by しのぶもじずり on 2020/08/08 at 17:22:28 (コメント編集)

アメ公というのも聞いたことがあります。
関係が深くなると悪口が出やすい。
「ジュー」と聞いても、ユダヤ人と深く関わったことがない日本人には、ピンと来ません。
焼き肉? ってなもんです。

SNSでは、どう言う関係が築けるのでしょうね。
生身の人間同士の関係とは、違うものになりそうな気もします。

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