くれないの影 第一章――5
「おまえは聞いたことがないのか。 俺は 鹿の子に聞いてみたことがある。
どうやって あんなに早く 技を覚えるんだってな」
隼人が 期待に目を輝かせて、 聞き漏らすまいと 藤伍の顔に見入る。
「とり憑(つ)く らしい」
意外な答えに、 隼人は目を白黒している。
「分からんだろう。
俺もよくは分からんのだが、 気のようなものを飛ばして 見ている相手の中に 入り込むんだそうだ。
そうやって 一緒になって技をすると、
どういう風に体を使うか、 気持ちを持っていくかまで 分かっちまうんだと。
自分でやっているのと同じ感覚になるらしい。
だからさ、 特別なんだよ。
見たこともない技を編み出すには、 隼人より ずっと大変だろうよ」
隼人が 目を見開いたまま 動かなくなった。
「おい隼人、 どうした。 大丈夫か」
「お……おいらも……、 と、 とり憑かれたんだろうか」
「まあ、 そうだろうな」
「うひえ~っ、 あいつ何者だ」
「さあな。 口寄せの巫女(みこ)って 知ってるか」
「聞いたことがある。
死んだ人の魂を呼び寄せて 自分に 取り付かせるんだろ。
死んだ人と話が出来るってやつだ」
「口寄せの巫女は 自分の体を依代(よりしろ)にして 魂を呼び寄せるが、
鹿の子は その逆をやっているらしい。
まっ、 鉄次も隼人も 生きているがな。
だから気にするな。 おまえは 十分に筋が良い」
「他のことが気になってきちゃったよう。 親方~」
藤伍は 小さくため息をついた。
痩せた髭面の逸(とし)は 短刀投げをする。
的に当てたり、 板の前に 紫苑を立たせて 体ぎりぎりのところに当てたりする芸だ。
ある日、 ぼうっと眺めている鹿の子にやらせてみたら、 見事に 的に当てた。
もちろん、 紫苑抜きの 的だけだ。
紫苑の玉乗りも、 都茱の足芸も 遠慮しているのか やったことはないが、
出来るのかもしれない。
「もう寝ろ」
「そうする」
翌日、 藤伍と都茱は 勧進元(かんじんもと)に挨拶に出かけた。
客寄せの算段も してくれるという。
その間、 他の面々は 体慣らしの稽古をして 日が暮れた。
楽屋に居続ける話も ついた。
すっかり日も暮れて、
一応 戸締りを確かめて来い と言われた鹿の子が 出入り口に近付いたとき、 外に物音がした。
人が倒れたような ドサリ とした音だ。
恐る恐る覗いてみると、
青白い月明かりの中に、 くず折れるようにして やはり人が倒れていた。
若い女だ。
髪を振り乱し、 夜目にも美しい着物も乱れて、 浅い息を せわしなく繰り返している。
尋常(じんじょう)な様子ではない。
鹿の子は 駆け寄って 声をかけた。
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