くれないの影 第一章――2
「うわあ、 広いなあ。 こんなに開けた場所とは 思わなかった」
鹿の子と隼人が 眼下の家々と田畑に 目を見張る。
無理も無い。
山また山を越えてやってきた山奥に 平地が広がっているとは、 若い二人の思いもよらぬことだった。
狭い山道を歩いてきたばかりの目には、 実際よりも さらに広く感じられる。
それまで、 一座は 都に続く街道沿いか、 港町を移動してきた。
人と物の流れに乗って、 流れ歩いてきたのだ。
若い二人が 深い山を越えたのは 初めてだった。
古くからこの地に住む 鳥座(とぐら)家の領地で、
周囲の山地を含めても さほど大家というわけではないが、
山道の街道を抜け出るところには 大きな集落もあった。
見渡せば、 構えの大きな家々もある。
それぞれの家の周りが 庭よりも畑になっていることが多いのが、 さすがに 田舎びた風景になっていたが、
遥かに点在する村々の規模も 人の数も そこそこありそうだから、
軽業一座にとっては 良い商売になるはずだ。
一段と小高くなったところに、 高い土塀に囲まれて 立派な構えの屋敷が見える。
屋敷というよりも 城砦(しろとりで) といったほうがよさそうな、 広大な造りの建物が、
夕陽に染まって 一際 真っ赤に照り映えていた。
「どうした、 鹿の子」
藤伍が、 急におとなしくなった娘を いぶかしげに見る。
「なんか、 あの屋敷は 好きじゃない」
「そうか。 じゃあ近づかないことにしよう。 大丈夫だ、 舞台は 村外れにある」
「舞台があるの?」
都でもなければ、 見世物をかけられる舞台があるのは 非常に珍しい。
町や村の 神楽殿(かぐらでん) を借りられることもあるが、
田舎では 空き地か 大道で披露するのが普通だ。
見物料を集めるのも 鹿の子と隼人の仕事になる。
「ああ、 立派なのがあるさ。 仕切ってくれる勧進元(かんじんもと) もあるから、 ここは楽だ」
「親方は 以前にも 来なすったのかい」
紫苑が聞く。
「ああ、 十年近く……いや、 九年前だ」
「やけに きっちり覚えてるんだね」
「そりゃそうさ。 ここの帰りに、 山道で 鹿の子を拾ったんだからね。
そうだったよね、 おまえさん」
藤伍の女房 都茱(つぐみ) が感慨深そうに 振り返った。
「へえ、 じゃあ この辺が 鹿の子の故郷なんだね。 懐かしいかい」
紫苑の何気ない言葉に、 鹿の子は 困ったように首を振る。
「そりゃあ 物覚えのいいことだ。
鹿の子の年恰好からすりゃあ、 七つ八つには なっていただろうに、
何にも覚えてないのかい」
それを聞いて、 藤伍と都茱が 顔を見合わせる。
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