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「本能寺の変」は変だ! 435年目の再審請求

 ストレートな題名に引かれて買いました。
 著者は明智憲三郎。
 面白かった。

 「本能寺の変」は本当に変。
 著者もそう思ったらしく、片っ端から資料を検証したらしい。
 そもそも動機が分からない。
 信長がいじめ過ぎてぶち切れたという説が昔から有名だ。
 頭をガンガン打ち付けて怒ったとか、
 無茶な国替えを言い渡したとかだが、
 腑に落ちない。

 明智は織田の譜代じゃない。
 途中入社組だ。
 それでもトントンと出世して、信長の側近くで仕えていた。
 わざわざいじめるために取り立てたとは考え難い。
 気に入られていたんだと思う。

 他に、長宗我部がどうたらとか、
 朝廷の意向を受けて、とかの説があるけど説得力が感じられない。

 では、何故謀反を起こしたのか。
 著者が提示する動機は分かりやすい。
 ずばり、一族が生き残るため。
 これ以上分かりやすい動機は無い。

 話は少し変わるが、
 皆さんは、小説を読んだり映画を見て、
 切腹を命じられた武士が何故命じられるままに腹を切るのか、
 不思議に思った事は無いだろうか。
 何故、逆らったり逃げたりしないのか。
 <切腹を許す>と言う言い方に、疑問を感じた事は無いだろうか。

 私の先祖は、分かっている限り戦国時代から武士だったらしい。
 どんどん遡れば、類人猿だろうけど(笑)
 子どもの頃、そんな一族の年寄りが言ったのだ。
 「俸禄が減っても、家が存続するとか、
 一族に累が及ばないとかの約束、あるいは確かな暗黙の了解が無ければ、
 誰が腹を切ったりするものか。
 家がつぶされるとか、一族がやられると思えば、逆らうに決まっている」
 なるほどと思ったものでした。
 だから、<切腹を許すなんですね。

 武士道といえば「葉隠」が有名ですが、
 その年寄りは、こんな事も言ってました。
 「あれは頭がおかしい。
 よほどめんどくさい立場に追いやられて、
 にっちもさっちもいかなくなった人物が書いたんだろう」
 だそうです。

 著者も書いています。
 戦国時代の武将の判断には、一族の存亡がかかっている。
 合理的な判断をしたはずだ。
 私も、そう思います。

 著者の考える動機が当たっているなら、
 光秀の目的は果たされた訳です。
 著者の名前でお気づきのように、子孫だそうです。

 この再審請求調書は、うなずける事が多いです。
 光秀の娘の一人は「洞が峠」で有名な筒井順慶の息子の嫁です。
 本能寺の変以降も、問題なく過ごしていたらしいのに引き換え、
 もう一人の娘、細川忠興に嫁いだガラシャ夫人は本能寺の変後、
 夫に幽閉されました。
 この扱いの違いの背景も分かった気がします。
 徳川家康が、光秀と共に「本能寺の変」を起こした斎藤利三の娘(春日局)を
 大事な跡継ぎ——後の家光——の乳母に選んだ不思議も、
 なんとなく分かるような気がします。


 教科書では「刀狩り」と「検地」は豊臣秀吉がやったと教わりました。
 でも、あれは信長の計画だったらしいと他の本で知りました。
 朝廷から官位をもらった以外は、信長の計画を利用していた節があります。
 そう考えると、もう一つ、
 死を目前にした秀吉が妄執のように拘った「信長の計画」。
 明智光秀に謀反を起こさせた原因。
 あ〜あ、そういう事かあ〜。

 もしも、その計画を止められるとしたら、
 千利休か、秀次くらいしかいなかったんだろうな。
 だから殺されたんだろうな。
 歴史上の不思議が、上手い具合に説明できます。

 あくまでも「もしかしたら」の話だけれど、
 家康がなりふり構わず秀頼を殺したのも、
 鎖国をしたのも、
 「信長の計画」を完全につぶすためだったのかも、
 なんて思ってしまった。

 面白かったです。


タンポとタンポン★★★朝ドラの国防服が変

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コメント
3957: by sado jo on 2018/02/27 at 14:10:00 (コメント編集)

謀反、或いは下克上と言うのは、その地位に着ける器(人物)がやるものです。
ところが、明智光秀は織田信長に取って代わるだけの器ではありませんでした。
なので、未だにバックに大物がいたと言う謀略説が囁かれるのも不思議ではありません。
当時、信長の独裁的な政治に反感を抱きながら、いやいや従っていた武将も数多かったでしょう。
「いつか殺られるだろう」と言う空気はあったと思います。光秀がその空気に呑まれても不思議ではない。
予測していたかの様な秀吉の動きの早さは一見不自然に見えますが、空気を読める才能と天下を狙える地位にいて、チャンスをものにしたのはさすがです…もし、秀吉が仕掛けたなら完全犯罪ですけどね(笑)

3958:Re: sado jo様 by しのぶもじずり on 2018/02/27 at 18:31:57 (コメント編集)

天下を狙ったという説もあるようですが、この本の著者は否定しています。
黒幕説も否定しています。

秀吉には当時子どもがいませんでしたから「信長の計画」の意味が薄かったのに、
秀頼が生まれた事で思い出しちゃったのでしょうね。

近年、信長が用心深い人物だったと再認識されています。

3959:ま が刺した by miss.key on 2018/02/27 at 20:54:23 (コメント編集)

 私も、光秀さんは天下を狙ってはいなかったと思いますね。が、人は目の前にでっかいチャンスがやってくると思わずやらかしてしまう事があるのです。
 とても希少な魚が居ます。捕まえたところでどうせ料理も出来ないので放って置いたのだけれども、向こうから目の前に飛び込んできたのでつい捕まえてしまいました。で、捕まえた後に、これどうしよう、どうしようとおたおたしてたら腐っちゃったよ、残念でしたってな所でしょうかね。

 信長さんがどんな計画を練っていたのかは本を読んでない身としてはさっぱり判りかねますが、そこに明智と名が付きゃケチでも憎いってな作戦でも入ってない限り、生き残りの為説はちと無理があるような気がせんでもないのであります。

3960:Re: ま が刺した by しのぶもじずり on 2018/02/28 at 18:54:39 (コメント編集)

miss.key様 こんちわ♪
書き過ぎてネタバレになってはまずいと思いましたが、けっこう書いちゃいました。
推理してみてください。

光秀は、思わずやらかすタイプではない気がします。
むしろ、このコメントを頂いて、秀吉がついやらかしたのかもと思いました。
中国大返しで、うっかり天下を取っちゃったけどどうしよう、
そう思っていたんじゃないかしらと……。
信長の方針を真似したけど、政策に独自のプランがあんまり見えない気がします。
秀吉の方が直情径行の気があったんじゃないでしょうか。
もしかしたら、本気で三法師(秀信)に後を継がせようとしたけど、
イエズス会に丸め込まれて、15歳でキリシタンになっちゃっうし、
使えなくて困ってたのかも、なんてね。
だから、晩年になってから無茶をすることになった。

3961: by lennon on 2018/03/07 at 21:38:26

明智憲三郎氏の本をよみました。
goo blogもSSL化しました。訪問は今後とも継続してまいりますので宜しくお願い致します。

3962:Re: lennon様 by しのぶもじずり on 2018/03/08 at 00:46:36 (コメント編集)

歴史ってミステリアスですよね。
私も引き続きおじゃまします。念のためにリンクに追加させていただきました。

3974:管理人のみ閲覧できます by on 2018/04/17 at 23:01:55

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