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歴史って難しい

 資料も伝聞もたくさんあるのに、
 未だによく分からないのが、幕末から明治に掛けて。
 薩摩は尊王開国論だったよね。
 長州は尊王攘夷だよね。
 仲が悪かったんだよね。
 政策が違うとこ同士が同盟を組むというのは今でもあるけど、
 根本が違うのに、いきなり同盟を組んだんだよね。

 そもそも「尊王攘夷」は、バリバリ御三家の水戸藩学からだし、
 熱心に議会制を押し進めようとしていたのが、十五代将軍慶喜だったり。
 尊王は良いとして、攘夷は無理だろう、と言うのが優勢だったという話もある。
 朝敵にされた東北の諸藩はほとんど「尊王開国派」だったらしい。

 少なくとも仙台藩は、「尊王開国」を掲げて、家老の一人(たぶん)が上洛し、
 天皇から色よい親書を授かったんだとか。
 しかし、薩長軍の動きが早く、
 混乱を避けて日本海側から帰藩しようとしたが間に合わず、
 薩長に攻められたということらしい。
 間に合ったからといって、違う結果になったとは思えないけどね。

 会津藩は御所の警護をしていて、天皇に信頼されていたらしいのに、
 それでも、朝敵にされてしまったんだし。
 尊王も、どっかに行っちゃった感じ?
 そういえば、長州は御所に攻め入ってたんだった。
 会津が長州に対して長い間遺恨を残していたのは、
 会津藩士の死体を片付けることも埋葬することも許さなかった、
 というのも原因じゃないかと思う。
 会津戦争は八月。
 暑い盛りに、そりゃあ無いわ。

 明治政府の要人になった人の中には、
 幕末に暗殺をしまくったという噂の人がいたみたいだし。
 孝明天皇の暗殺容疑者までいる。
 狭い仲間内の知り合いばかりで政府を作っちゃったっぽい。
 「攘夷」と言っていたはずが、あっちゅう間に西洋化。
 鹿鳴館でダンスパーティーをするまでになっちゃった。

 もう、ワケワカメ。
 「ええじゃないか」と踊り狂いたくなるというものです。
 世の中を変える一番の原動力は、主義主張ではなく、
 時の勢いなのかもしれません。

 今、世界が、歴史の変わり目にいるような気がします。
 後世の歴史家が、どのように纏めるのか、
 タイムマシンで未来に行けたら、見てみたい。


憲法前文を考えてみた★

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3603: by sado jo on 2016/07/21 at 19:29:28 (コメント編集)

ははは…自民党と社会党が突然方針転換をしてくっ付いた「村山内閣」を思い出しました。
第二次大戦中、ナチスの重鎮でドイツ空軍を率いた「ゲーリング元帥」が、こんな事を言ってました。
「ドイツ人は、1人なら品行方正な人間だが、3人集まると戦争をする。イギリス人は、1人なら紳士だが3人集まると帝国を作って、世界を植民地にする。だが、日本人は、1人でも3人でも訳の分からない事をする。よく総統(ヒトラー)は、あんな奴らと手が組めたもんだ」
彼から見ると、日本人には節操があるのか?ないのか?理解できなかった様ですね(笑)

3604:Re:sado jo様 by しのぶもじずり on 2016/07/22 at 08:15:33 (コメント編集)

ゲーリング元帥ったら、上手いことを言いますね。
一人なら一人なりに、三人よればそれなりに、わけが分からないことをするのが日本人?
そうかも。なんかうれしい。私だけかな?

理路整然を好む一神教の人からしたら、
「時の勢い」とか、「時代の空気」とかは、分かりにくいかもしれませんね。

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