赤瑪瑙奇譚 第九章――9
「……ユン……」
カムライの声が 聞こえたのか、 ユキアが 振り向いた。
その姿を見つめて 自失しているカムライに 隙が出来た。
反乱兵の一人が その有様に気づき、 じわりとにじり寄り、 剣を振りかぶる。
一気にカムライめがけて 振り下ろされた剣を、
飛び込んだユキアが、 鮮やかに なぎ払った。
一瞬にして 気を取り直したカムライが その兵を あっさり倒して、
驚いたままの目を ユキアに向けた。
「ユン……だったのか!」
パッカンと音がしそうなほど、 満面の笑みが 咲いた。
「そんなことより、 しっかり働いて頂戴。 旦那様」
にっこり笑って見せたユキアは、 そのまま 飛び出していった。
「ようし、 任せておけ! うお――――っ!」
元気百倍の カムライだった。
ユキアがユンなら、 何も心配は要らない。
いかにも腕が立ちそうな マホロバから来た護衛たちまで、 しっかり後を追っている。
広間では、 次々と 不思議なことが 起こりつつあった。
婚儀のための礼装で 身に着けていた宝玉が、カムライたちに 味方し始めた。
反乱軍は 光に 目を眩まされ、
武器が いきなり 熱くて持てなくなり、
何も無いところで 足を取られて倒れた。
片っ端から 城の兵士に 捕らえられてゆく。
兵士たちは、 カリバネ王の 事前の指示に従っていた。
『動けぬ者に とどめは刺すな、 投降するものは 殺さずに捕らえよ。
戦にはするな。 事件として 裁きを受けさせる』
だが、 広間から ウルクの姿が消えていた。
ユキアは 駆け抜けざまに、 コクウ初代王イワレの像から 矢をはずし、
廊下に架かる弓を取り、
階段を 一気に駆け上る。
七人の護衛が、追いすがる反乱兵を防ぎながら 後に続いた。
上階の外回廊を走り、 やっと止まったのは、 狼煙塔(のろしとう)を望む一角。
一人の反乱兵が、 まさに 狼煙台の火皿に 火を付けようとしていた。
雨は 容赦なく吹き込み、 回廊を濡らしてゆく。
追いついた反乱兵に、 七人が 立ちはだかった。
一歩たりとも踏み込ませはしない。
ユキアは 弓の筈に 弦を掛け、
黒曜石の鏃(やじり)を持つ矢を 番(つが)えて、 呼吸を整える。
肩の力を抜き、 気を腹の底に沈めて、 ゆっくりと 弓を引き絞った。
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