赤瑪瑙奇譚 第九章――8
「火を放つのか。 何処だ!」
詰め寄ったハヤブサに、 反乱兵は 不敵な笑みで答えた。
「各所から 同時に火を放つ。
一箇所、 二箇所だけ防いだところで 止められぬ。 城は燃え落ちる。
燃え上がるコクウ城を合図に、 町の外に潜んでいる兵たちが、 城下にも火を放ち、 なだれ込んでくる。
皆殺しだ。 全てが 焼き尽くされる」
それを聞いたユキアが、 すっく と立ち上がった。
左腕の青玉を 撫でる。
「『人魚の涙』よ、 その名に恥じぬ働きを 見せなさい。
天の涙を集め、 企みの炎を 消してちょうだい」
高々と 左の腕を 天にさし伸ばして 言った。
日暮の迫る コクウ城下の上空に、 雲が集まり始める。
みるみるうちに勢いを増し、 赤く染まりかけていた空を、 黒い雨雲になって覆っていく。
それでも足りぬとばかりに、 四方八方から 新たな雲が 飛ぶように流れてきていた。
突然暗くなった空に 人々が驚いていると、
一閃 稲妻が走り、 雷鳴が轟くや、 滝のような豪雨が 地上を襲った。
浮かれ騒いでいた人々が、 あわてて 雨を避けて走り出す。
が、 それでも容赦なく ずぶ濡れになるほどの雨だった。
激しい戦いが続いている大広間に、
「雨だーっ、 土砂降りの雨だーっ!」
誰かの大声が 響いた。
おそらく 反乱兵の一人だろう。
ウルクの様子を目で追うと、
一瞬 険しい顔になり、 兵に何かを命じているようだった。
「何をするつもりなのかしら」
ユキアが言うのに、 ミミズクが答えた。
「狼煙(のろし)塔に行って、 合図の火を……、 と言ったようです。 唇を読みました」
「便利なことが出来るのね。
あら、 大変じゃないの。 狼煙塔なら、 雨を防ぐ屋根もあるはずよね」
ユキアは、 豪華な花嫁の上掛けを するりと脱いで メドリに渡し、 代わりに 剣を受け取った。
上掛けを取ると、 一変した姿に変わる。
優雅さを残しながらも、 動きやすそうな 女剣士の如き出で立ちに 早変わりした。
帯に挟んだ 赤瑪瑙を取り出して 握り締め、 呟く。
「みんなを守って、 お願いね」
ユキアは、 出口に向かって 走り出した。
七人も 慌てて後を追う。
「タカ、 余計なことはするなって 釘を刺されてるのに、 大丈夫か 俺たち」
カケスが 困ったように 聞いた。
「俺らは 姫様の護衛だ。 姫様が 行っちゃったんだから、 行くしかないだろう」
乱戦の中を駆け抜けて行く ユキアに気づいたカムライが、 驚いて 近づこうとした。
いったい 何処に行こうとしているのだ。
危ない。
周囲の敵を追い払い、 ユキアを追う。
そして目にしたのは、 帯に揺れる 赤瑪瑙。
「……ユン……」
呆然として 立ち止まる。
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