2012年09月のエントリー一覧
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くれないの影 第五章――10
門柱の傷は 三本の縦線と 交差した三本の横線。 魔封じの『目』だ。 魔性のものは、 線を与えられると 辿(たど)らずにはいられないらしい。 線と線が交わる所には 捕らえられて、 抜け出せなくなるともいわれている。 交わる所を 『目』と呼ぶ。 竹で編む籠なども、 交わるところを『籠目(かごめ)』や、 『編み目』と呼ぶのと同じである。 修験者たちは、 揃って門前に立ち、 金剛杖を一斉に打ち鳴らすと、 腹の底から...
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くれないの影 第五章――9
鹿の子には もう一つ 心配なことがあった。「お二人を 狭い土蔵に一緒に置いて 大丈夫かしら。 綺羅君は…… そのう…… 見境のない方だし、 紅王丸様の身に…… 危険が……」「大丈夫です。 いくら綺羅君様が物好きでも、 あの恐ろしいご様子では 手をお出しになるとは思えません。 お役目でなければ 私も お傍には行きたくないくらいです。 それに、 紅王丸様は、 見た目は 女人のように たおやかでお美しい方ですが、 お小さい...
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犬派のねこまんま 18である byねこじゃらし
<ペットの名前・シリーズ編> 吾輩が生まれた時、 すでに わがもの顔で家にいた 黒猫の名前は 「ロク」 であった。 初めて飼った シェパードの名前は、 住んでいた 村の名前 と同じだった。 二頭目に飼った犬は、 真っ白い 紀州犬 だった。 携帯電話のCMに出てくる お父さん犬の カイ君 と同じ犬種である。 名前は 「ロク」 。 父の命名である。 黒猫と 白犬に 同じ名前を付けるセンスが、 相変わらず分からない。 黒...
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くれないの影 第五章――8
夕暮れが迫ろうとする頃になって、 五葉が やっと部屋に来た。「五葉さん。 お腹がすいたわ」「あっ、 はい。 すぐに 夜具のお支度を」「お腹がすいたって言ってるの」「そうでございますね。 湯殿の様子を見てまいります」「こらっ! い・つ・は! しっかりしなさい」 鹿の子の大声に、 五葉は びくんと体をこわばらせた。 心が、 遥か彼方に お出かけしていた様子だ。 鹿の子だって 若い娘だ。 いくらなんでも 直接は...
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くれないの影 第五章――7
「えーと、 綺羅君様なんだけど……」「隠れ場所は自分で何とかする と仰せだったが、 大丈夫だろうか。 今頃 押し倒していなければいいのだが」 陽映が 苦笑交じりに、 ぼそりと言う。「えっ、 誰が誰を?」 鹿の子が聞き返したのは、 あくまでも反射神経だ。「綺羅君が……」 と、 陽映。「あの方は 生きているの?」「このお屋敷の何処かに居るよ」 こともなげに答えた逸に、 鹿の子は 何がどうなっているのか 教えてと詰め寄...
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くれないの影 第五章――6
「綺羅ちゃん?…… 綺羅ちゃんて……、 権佐おじさん、 気安く呼ぶのね」「昔の知り合いなんだ」 鹿の子は 詳しく聞くのが怖かったので、 聞かなかったふりをして 通り過ぎた。「火事から どうやって助かったの? その後 ずっと綺羅君様の所に居たの?」「そうじゃないけど、 それを話すと 長くなっちゃうんだよねえ。 あっ、 陽映さんが来た」 案内してきた土岐野が下がるのを待って、 陽映が言った。「呼んでくれて、 ちょ...
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くれないの影 第五章――5
「話を聞きたい。 しばし そこに控えよ。 人払いを申し付ける。 誰も近づけるな。 土岐野、 陽映様に お越し頂く様、 急ぎ伝えよ。 そなたも下がっておれ」 鹿の子は立ち上がり、 ことさらにゆっくりと 庭に面した廊下に近づく。 そうしないと、 走り出しそうだった。 人が居なくなったのを見計らって、 口を開いたのは逸だ。「よっ、 久しぶり。 あのお転婆が きれいになったな」「逸さん? 紫苑姉さんとガジは すぐに分...
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くれないの影 第五章――4
「その者たちの面倒を、 手厚く見てやれ」 公然と顔を上げ、 はっきりと命じた。「ははーっ」 報せにきた家臣が 下がった。「何か 問題ありますか」 黙っている土岐野を、 挑戦的な目で 睨むように見た。「いいえ、 何も。 おや、 納得のいかない顔をしていますね」「こともなげに 罪人を打ち首に……」 そんな暗く冷たい心を持った白菊ならば、 追い出すかもしれないと思ったのだ。 らしくない事をするな、 と 土岐野が文句を...
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くれないの影 第五章――3
焼け跡に 綺羅君を探しに行った者達は、 手ぶらで帰った。 流人の屋敷は 柱も倒れ、 屋根も落ちて みるも無残な有様だった。 探すまでも無く、 全てが きれいに焼け落ちていた。 辺りに 綺羅君の痕跡すら 残ってはいなかったという。 結局、 鹿の子は、 泣き腫らした赤い目で 落ち着かないまま、 その報せを聞いた。「我らが行った時にも、 まだ 煙がくすぶっておりました。 すっかり焼け崩れた隙間から、 赤く燃え続ける熾...
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犬派のねこまんま 17である byねこじゃらし
<僕は犬である。 名前は言えない> 犬派と銘打っておきながら、 犬の話を書いていない事に気付いた。 ここらで、 登場させよう。 小学校一年生の時、 山の中の 小さな村に住んでいた事は書いた。 そこで 犬を飼う事になった。 村に一軒しかない何でも屋さんに わざわざ注文して取り寄せた 牛肉 を、 何者かに盗まれたのが発端だった。 父は 激怒し、 落ち込んだ。 よほど食べたかったらしい。 何しろ 周りは山ばかりの...
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くれないの影 第五章――2
知らせを受け、 話を聞いた惣右衛門は、 ここにきて やっとあることに気が付いた。 白菊姫と陽映様を乗せた牛車が襲われたのは、 間違いだったのではと。 賊は 陽映を狙って諦めた と考えるより、 襲う相手を間違えたことに気づいて引いた、 と 考えるほうが 理にかなっていた。 陽映が牛車を飛び降りた途端に 引いていったのだ。 そう考えれば、 賊の目的は いつも牛車を使っている綺羅君の公算が高い。 何しろ こんな...
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くれないの影 第五章 再会――1
鳥座家の門前に、 十人近くが ずるずるとやって来た。 煤で汚れ、 着ている物が あちらこちら焼け焦げている者も居る。 中の一人が、 不機嫌そうな牛を一頭 引いていた。 一行の様子から、 ただならぬことが起きたことが知れる。 門番の知らせを受けて、 事情を聞きに出た者から、 屋敷内に知らせがいき、 大騒ぎとなった。 前夜、 綺羅君の住まいが 何者かに襲われ、 火を掛けられたという。 一行は 命からがら逃げてき...
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くれないの影 第四章――16
「実は…………」「うん うん」「…………………… やっぱり 止めておきます」「ええーっ」 五葉は思い直した。 見た目が白菊にそっくりだから、 うっかり 頼りになるかもしれないと勘違いしたことを反省した。 この子は『影』 に過ぎない。 しかも 相当お気楽な軽業娘に戻ってしまっている。 それなのに 危うくまたしゃべってしまうところだった。 近頃 自分はどうかしている。 そう思うと、 さらに落ち込んでしまった。 噂を知った土...
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くれないの影 第四章――15
「うふっ、 お友達はよいのう。 では、 今夜はしっぽりと……」「お友達ですから、 しっぽりなんかしません」「私もお供いたします。 させません」 伊織も すかさず言い切った。 屋敷を出るのは簡単だった。 襲撃を知らない門番は、 「これからでは、 お帰りの頃には日が暮れます」と 心配したが、 そのときには泊めてもらう と答えると、 お気をつけて と見送った。 翌日、 陽映が 流人屋敷から朝帰りをすると、 たちまちの...
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くれないの影 第四章――14
屋敷に戻り、 陽映が部屋に納まると、 例によって 縁側から綺羅君が現れた。 婿君のお友達として 出入りを黙認されているのだから、 普通に入ってくればいいものを、 縁側から 突然湧いて出るのが 癖になったらしい。「牛車は いかがであった。 気に入ってもらえたろうか」「鹿の子は、 牛の尻尾が いたく気に入ったようです」「おお、 なかなかの通(つう)じゃ。 して、 陽映殿は」「私は牛より馬の尻尾…… あ、 そうじゃな...
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くれないの影 第四章――13
陽映は 憮然として、 再び牛車に乗った。 陽映だって、 何かあると感づいてはいたのだ。 白菊を姉と思って親しくしたいとか、 姉が宮中に上がってしまって寂しい とか言っていたが、 日鞠には、 腹違いの兄弟姉妹が 掃いて捨てるほど居るはずなのだ。 あからさまに 嘘くさい。「どなたが 歌って踊るんですか」「忘れなさい」 鹿の子の無邪気な質問を、 じろりと睨んで 封じた。 見た目がそっくりなのに、 中身がまるで違う...
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くれないの影 第四章――12
「何でも 女人を追いかけて、 九十谷(くそだに)まで行ったことがあるから、 専門家なのだ とうそぶいておられた」「何故そこに、 九十谷なんてものが出てくるんです?」「代々、 九十谷から 御所忍(ごしょしのび)を輩出しているとか。 極秘事項らしい」 御所忍とは 帝直属の忍である。 帝の身辺を 秘かに護るのが仕事であるが、 帝の命があれば、 およそ何でもやる陰の組織である。 その存在を知る者さえ、 ほとんどいない...
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犬派のねこまんま 16である byねこじゃらし
<日本語の発音> 子どもの頃、 アナウンサーになりたいと思ったことがある。 言っておくが 女子アナ ではない。 バラエティー番組で おちゃらけたい訳でも、 クイズ番組で ボケをかましたい訳でも、 画面の中で 歌を歌いたいわけでもない。 ナレーションとか、 朗読とかをしたかったのである。 ある時、 クラスメイトの一人に 「何か面白い本はなあい? あったら貸して」 と言われ、 読み終わったばかりで 興奮状態に...
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くれないの影 第四章――11
かくして、 二人を乗せた牛車は 檜笠(ひのきがさ)を被る 痩せた牛飼いに引かれて、 南東の国司館に向けて ゴトゴトと出発した。 鳥座惣右衛門、 達磨坂栗右衛門、 平題箭謙介と喜谷部伊織が 馬で後ろに付く。「気持ちいいお天気だね。 ねえ、 綺羅君は 本当に調べているのかなあ。 ちっともそうは見えないんだけど」 牛車の中は 二人きりだ。 周りを気にすることなく話ができる。 さっそく 鹿の子は気になっているこ...
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くれないの影 第四章――10
惣右衛門が いそいそと白菊の部屋にやってきた。「国司様が、 五日後は ちょうどお日柄も良く、 祝いの挨拶には まことにもって吉日ゆえ、 その日に如何か と仰せでございます。 よろしゅうございましょうや」 張り切って 報告した。 白菊の了承を得て、 ほっと一安心の様子である。 部屋にいる時には 相変わらず御簾を降ろしているが、 陽映とは 直接会って 睦まじくしているらしいことに、 心底 肩の荷が下りた思いでい...
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くれないの影 第四章―9
「では 何故閉じ込められているのだ」「さあ、 聞こうとしたのですが、 関わるな と言われてしまいました。 変ですよね。 ずっと気になってます。 助けてあげたい。 土蔵なんかから出して 自由にしてあげたい」 三人は 顔を見合わせた。「調べようではないか。 面白いことになってきた。 近頃 次嶺経守からも、 しきりに遊びのお誘いがあるが、 こちらのほうが面白そうじゃ」 不謹慎な発言をしたのは 綺羅君だ。「面白いと...
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くれないの影 第四章――8
「この先は 私がお力になります。 なんとしても お守りします。 そう約束をした。 破るつもりは無い。 どんな姿になろうとも、 私の白菊だ」 白菊にたどり着こうとする道は、 遠く、 危うく思えた。 やっとここまで来て 迷いは無い。「あっさりと約束だなんて言って、 本当に 大丈夫ですか」 鹿の子は 心配だった。 白菊に巣食う闇を 垣間見ているのだ。「そんなに酷いのでしょうか」 伊織が 恐る恐る尋ねる。 彼も 主人が...
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くれないの影 第四章――7
「鹿の子…… あたしの名は 鹿の子」 飛んでいく寿々芽を目で見送って、 鹿の子は答えた。「お屋形様―― 白菊様のことは、 決して言ってはならぬ と釘を刺されています」「私にも?」 鹿の子は、 仕方なく頷いた。「では、 鹿の子殿が 私の妻になるつもりだったの?」「ああ――っ! そうですよね。 あのままいったら そうなっちゃいますよね。 気づかなかった。 そ、 それは困ります」「きっぱりとふられたねえ」 綺羅君が ...
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くれないの影 第四章――6
見破られた。 身近にいた人たちさえ騙しおおせたことで、 油断があったのだろうか。 大変なことになってしまった。 与えられた役目に失敗した 挫折感と、 見失っていた自分が 帰ってきたことの安堵がごちゃ混ぜになって、 鹿の子の目から 涙があふれ落ちた。 陽映に 容赦はなかった。 ぽろぽろと涙を流し続ける鹿の子に向かって、 さらに 問い詰めることをやめない。「そなたは誰だ。 白菊の身に 何があった」 鹿の子は ...
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くれないの影 第四章――5
「白菊やー ああ 白菊や 白菊や もっと虐(いじ)めて 縛って ぶって あは~~ん 字余り」「わざわざ…… 字余り……。 うむむ、 『あは~~ん』 を、 どうしても入れなくては 駄目なのでしょうか」 伊織が隣りで、 真剣に指を折り、 字数を数える。 陽映は 思わず爆笑したが、 『姫』は 爆発寸前だった。 これは どう考えても 大失敗だ。 乙女が笑えるネタではない。 およそ 限度を超えている。 やはり 人選を間違え...
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くれないの影 第四章――4
「私のお友達、 綺羅君だ」 陽映が言うと、 屋敷を守る者達は 互いの顔を見合わせて、 困った顔になった。 婿君のお友達といわれては、 追い出すこともはばかられる。 うろたえた混乱に乗じて 白菊の居る奥へと通った。「かわいそうに。 やっぱり、 こっそりと行ったほうが良かったのでは」 伊織は言うが、 綺羅君が 派手な狩衣を脱いで 地味な変装をするのを、 断固 拒んだのだから仕方が無い。 堂々といくしかなかったの...
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くれないの影 第四章――3
陽映は、 綺羅君の手を がっしりつかんだ。「なりましょう。 お友達に」 綺羅君は つかまれた手をじっと見て、 艶やかに微笑んだ。 陽映も 負けずに笑う。「綺羅君は、 お友達の頼みを 無碍(むげ)に断ったりしませんよね」「ん、…… まあ、 そうだね」 陽映は つかんだ手を放さずに引き寄せ、 してやったり とばかりに ニッと笑った。「お願いがあります」 目的を考えたら、 日鞠も なかなかに惜しい人材だが、 事態がやや...
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くれないの影 第四章――2
性懲りも無く、 翌日も 日鞠と蓉は 陽映の部屋に押しかけてきた。「陽映様。 都に出て、 粋でお洒落(しゃれ)な宮廷武官になる決心は おつきになりましたか」 しかし、 日鞠の問いかけにも応ぜず、 陽映は むっつりと押し黙って考え込んでいた。「どうなさったのですか。 ご様子が変」 蓉が 目の前でひらひらと手を振るが、 瞬きもしない。「昨日の午後、 白菊様と二人っきりで お庭を散策なされたのですが、 お戻りにな...
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くれないの影 第四章 内緒話は牛車の中で――1
陽映の部屋に押しかけて、 せっかく愛の告白をしたものの、 すっかり話に置いてきぼりを食らった日鞠は 憮然としていた。 侍女の蓉は 誰にいうとも無く、 ぶつぶつとつぶやき始める。「綺羅君……あっ、 もしかして 都で噂の…… 誰彼かまわず 見境無しに、 美姫と聞けば ちょっかい出して 騒ぎを起こし、 嫉妬から 死霊と生霊を 山ほどこしらえているとゆう、 あの 煌めきの君様では。 そういえば、 帝のお怒りを買って 流罪に...
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犬派のねこまんま 15である byねこじゃらし
<口寂しい時には 草笛を> 赤ん坊は、 おしゃぶり が好きである。 美味しい味がする訳でもなく、 なんら栄養補給にもならない 合成樹脂のぷにゅぷにゅをくわえて、 満足そうにしている。 取り上げようものなら、 大騒ぎして、 こちらの罪悪感を刺激する。 有名なフロイト博士の説によれば、 性愛の発達における 第一段階 なのだそうである。 ちっちゃな時から、 キスが好き (回文) という事らしい。 赤ん坊のうち...