カテゴリ:短編のエントリー一覧
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短編 早見先生 (六)
私たちは、こっそりとロシア兵をロ助と呼んでいた。 まあ、馬鹿にした言い方だな。 大胆な奴がいて、ある時大声で「おーい、ロ助」と言いやがった。 わあっと思ったが、 ロシア兵は「ンフー」と機嫌良く返事をした。 ロシア語で、ロシア人を「ロフスキー」というんだ。 聞き間違えたんだろうな。 ちょっと発音が悪いな、くらいに思ったのかもしれない。 それからは、みんなでロ助と言い放題だった。 便所掃除の他に、倉...
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短編 早見先生 (五)
真面目な音楽の授業があり、 学校行事があり、 試験期間があり、 そんな合間に、シベリア抑留の話もあった。 収容所と違い、ソ連兵の兵舎はちゃんとしていた。 捕虜は兵舎の掃除をさせられることがあった。 私は、将校の使う便所の担当になったことがあった。 掃除をしていると、女将校が入ってきて用を足した。 捕虜の日本人なんか、男とも思ってないんだろうな。 平気で用を足した。 ちゃんとした建物だといっても、...
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短編 早見先生 (四)
手を抜き放題の音楽と捕虜生活の話が、二年十三組では馴染みになった。 ある日、私たちは列車に乗せられ、移動することになった。 長い移動だった。 途中の駅で、他の部隊の捕虜が合流した。 長い長い移動の末に着いたのは、シベリアだった。 列車を降りてから、さらに徒歩でずいぶんと歩いた。 その途中で気がついた。 兵士の男どもに交じって、少数だが男装した女の人が居た。 逃げる時に襲われないようにだと思う。 ...
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短編 早見先生 (三)
夏休みが明けても、二年十三組の音楽の授業は相変わらずだった。 身に付くとは思えないゆるい授業をそそくさと終わらせて、 早見教諭はお話を始めた。 捕虜になった私たちは、 鉄道の駅がある町に移動させられ、待機させられた。 その後どうなるのか、さっぱり分からない状態で何日も待たされた。 その間、上官の命令で、毎朝庭で天付き体操をした。 今思うと、良い思いつきだったと思う。 敗戦で混乱する兵の気持ち...
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短編 早見先生 (二)
次の週になって、二年十三組に音楽の時間がやってきた。 「この後、音楽鑑賞の予定だったんだけど、レコードを忘れました」 早見教諭は、ぼそぼそとした声で、きっぱりと言い切った。 「先生、お話、お話」 「先週の続きー」 生徒たちは、教科書を閉じた。 授業をする雰囲気など、すっからかんに無い。 「終戦の日は知っているか」と教諭。 「八月十五日。そのくらいは常識だって」 と生徒たちが口々に言う。 早見教諭...
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短編 早見先生 (一)
とっても久しぶりの物語です。 短編です。 ファンタジーではありません。 タイトルは、シンプルにしました。 (一) 「この二年十三組は、他のクラスより授業が進んでいるんだよね」 音楽室の教壇で、早見教諭は言った。 身だしなみが悪いわけでもなく、趣味がおかしいわけでもないのに、よれっとして見える。 年齢は、生徒たちの親よりも上だろう。 小柄で、前歯が乱杭ぎみなのもあってか貧相に見える。 夏休...
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短編なのにあとがき
秘境 九十谷(くそや)が舞台です。 領地のほとんどが急峻な山と渓谷です。 その渓谷は 九十谷(くそだに)と呼ばれています。 ほとんどの方は覚えていないでしょうけど、 この地名は、 過去の作品に一度登場しています。 そうです。 過去作品よりも 時代が少し下っていますが、 その九十谷です。 九十谷を舞台に書いたら、 こうなりました。 私自身は 真面目で小心な常識人なので、 丙姫たちが どこまで面白く書けたか ち...
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姫様爆走中 9(完)
さて、 夕闇が降りると、 甲姫と平蔵の祝言が始まった。 めでたく固めの盃も済み、 祝辞が述べられ、 いよいよ宴席となった。 まずは 重臣の一人が 祝いの舞いを舞った。 毎度おなじみの演目である。 バカの一つ覚えともいう。 当人は、 これが無ければ宴席が始まらぬ と固く信じている。 和やかなうちに 祝い膳が次々と運ばれ、 ありがちな出し物が 二つ三つと進んでいき、 ほどよく酔いも回り始めた頃、 南蛮渡来の巨大...